・・・ 美術館を出て、それから茅場町で「美しき争い」という映画の試写を一緒に見せていただき、後に銀座へ出てお茶を飲み一日あそんだ。夕方になって、Sさんは新橋駅からバスで帰ると言われるので、私も新橋駅まで一緒に歩いた。途中で私は、東京八景の計画・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・「新富町ですか。わたくしは……。」 いいかけた処へ車掌が順送りに賃銭を取りに来た。赤いてがらの細君は帯の間から塩瀬の小い紙入を出して、あざやかな発音で静かに、「のりかえ、ふかがわ。」「茅場町でおのりかえ。」と車掌が地方訛りで・・・ 永井荷風 「深川の唄」
・・・築地より電車に乗り茅場町へ来かかる折から赫々たる炎天俄にかきくもるよと見る間もなく夕立襲い来りぬ。人形町を過ぎやがて両国に来れば大川の面は望湖楼下にあらねど水天の如し。いつもの日和下駄覆きしかど傘持たねば歩みて柳橋渡行かんすべもなきまま電車・・・ 永井荷風 「夕立」
四月廿九日の空は青々と晴れ渡って、自分のような病人は寝て居る足のさきに微寒を感ずるほどであった。格堂が来て左千夫の話をしたので、ふと思いついて左千夫を訪おうと決心した。左千夫の家は本所の茅場町にあるので牡丹の頃には是非来いといわれて居・・・ 正岡子規 「車上の春光」
・・・ 虔十は萱場で平二といきなり行き会いました。 平二はまわりをよく見まわしてからまるで狼のようないやな顔をしてどなりました。「虔十、貴さんどごの杉伐れ。」「何してな。」「おらの畑ぁ日かげにならな。」 虔十はだまって下を・・・ 宮沢賢治 「虔十公園林」
出典:青空文庫