・・・縁に花蓙が敷いてある、提煙草盆が出ている。ゆったりと坐って烟草を二三服ふかしているうちに、黒塗の膳は主人の前に据えられた。水色の天具帖で張られた籠洋燈は坐敷の中に置かれている。ほどよい位置に吊された岐阜提灯は涼しげな光りを放っている。 ・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・主人が持参した蓙のうえに着物を脱ぎ捨て、ふたり湯の中にからだを滑り込ませる。かず枝のからだは、丸くふとっていた。今夜死ぬる物とは、どうしても、思えなかった。 主人がいなくなってから、嘉七は、「あの辺かな?」と、濃い朝霧がゆっくり流れ・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・ト草履は、見た眼にも優雅で、それに劇場や図書館、その他のビルディングにはいる時でも、下駄の時のように下足係の厄介にならずにすむから、私も実は一度はいてみた事があるのであるが、どうも、足の裏が草履の表の茣蓙の上で、つるつる滑っていけない。頗る・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・そうして梨を作り、墨絵をかきなぐり、めりやすを着用し、午の貝をぶうぶうと鳴らし、茣蓙に寝ね、芙蓉の散るを賞し、そうして水前寺の吸い物をすするのである。 このようにして一連句は日本人の過去、現在、未来の生きた生活の忠実なる活動写真であり、・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・余が身体を拭いて、茣蓙の敷いてある縁先で、団扇を使って涼んでいると、やがて長谷川君が上がって来た。まず眼鏡をかけて、余を見つけ出して、向うから話しを始めた。双方とも真赤裸のように記憶している。しかし長谷川君の話し方は初対面の折露西亜の政党を・・・ 夏目漱石 「長谷川君と余」
・・・そして地面には蓙が敷いてありますがお客があると取って置きの蓙を出してすすめます。お客用のだからと云っても、矢張り黒く煤けていました。 それでも窓は東と南に開けてありまして、何処の家でも、東の窓は神聖な場所として、此処にイナオと云う内地の・・・ 宮本百合子 「親しく見聞したアイヌの生活」
出典:青空文庫