・・・ 十五「起きようと寝ようと勝手次第、お飯を食べるなら、冷飯があるから茶漬にしてやらっせえ、水を一手桶汲んであら、可いか、そしてまあ緩々と思案をするだ。 思案をするじゃが、短気な方へ向くめえよ、後生だから一番方・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・……私が覚えてからも、むかし道中の茶屋旅籠のような、中庭を行抜けに、土間へ腰を掛けさせる天麩羅茶漬の店があった。――その坂を下りかかる片側に、坂なりに落込んだ空溝の広いのがあって、道には破朽ちた柵が結ってある。その空溝を隔てた、葎をそのまま・・・ 泉鏡花 「二、三羽――十二、三羽」
・・・ 銃猟家のいいつけでお澄は茶漬の膳を調えに立った。 扉から雪次郎が密と覗くと、中段の処で、肱を硬直に、帯の下の腰を圧えて、片手をぐったりと壁に立って、倒れそうにうつむいた姿を見た。が、気勢がしたか、ふいに真青な顔して見ると、寂しい微・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・猟はこういう時だと、夜更けに、のそのそと起きて、鉄砲しらべをして、炉端で茶漬を掻っ食らって、手製の猿の皮の毛頭巾を被った。筵の戸口へ、白髪を振り乱して、蕎麦切色の褌……いやな奴で、とき色の禿げたのを不断まきます、尻端折りで、六十九歳の代官婆・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ 私は木綿の厚司に白い紐の前掛をつけさせられ、朝はお粥に香の物、昼はばんざいといって野菜の煮たものか蒟蒻の水臭いすまし汁、夜はまた香のものにお茶漬だった。給金はなくて、小遣いは一年に五十銭、一月五銭足らずでした。古参の丁稚でもそれと大差・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・しかし、日本の文学の考え方は可能性よりも、まず限界の中での深さということを尊び、権威への服従を誠実と考え、一行の嘘も眼の中にはいった煤のように思い、すべてお茶漬趣味である。そしてこの考え方がオルソドックスとしての権威を持っていることに、私は・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・おうとしても、言葉が出ない。お茶漬をたべて、夕刊を読んだ。汽車が走る。イマハ山中、イマハ浜、イマハ鉄橋ワタルゾト思ウマモナク、――その童女の歌が、あわれに聞える。「おい、炭は大丈夫かね。無くなるという話だが。」「大丈夫でしょう。新聞・・・ 太宰治 「鴎」
・・・そうだ、海苔茶漬にしよう。粋なものなんだ。海苔を出してくれ。」最も簡略のおかずのつもりで海苔を所望したのだが、しくじった。「無いのよ。」家の者は、間の悪そうな顔をしている。「このごろ海苔は、どこの店にも無いのです。へんですねえ。私は買物・・・ 太宰治 「新郎」
・・・、少しからだの工合いおかしいのでして、などと、せっぱつまって、伏目がちに、あわれっぽく告白したりなどするのだが、一日にバット五十本以上も吸い尽くして、酒、のむとなると一升くらい平気でやって、そのあとお茶漬を、三杯もかきこんで、そんな病人ある・・・ 太宰治 「懶惰の歌留多」
・・・浴後の茶漬も快く、窓によれば驟雨沛然としてトタン屋根を伝う点滴の音すゞしく、電燈の光地上にうつりて電車の往きかう音も騒がしからず。こうなれば宿帳つけに来し男の濡れ髪かき分けたるも涼しく、隣室にチリンと鳴るコップの音も涼しく、向うの室の欄干に・・・ 寺田寅彦 「東上記」
出典:青空文庫