・・・ところが、茶漬をかきこんだり、味噌汁を吸ったりすることになると、とかく故障が起りがちである。いわんや、餅や、飴などは論外である。 これは何事を意味するか。 入歯を、発明し、改良して来た西洋人が、もしわれわれと同じ食物を食って生きてい・・・ 寺田寅彦 「鑢屑」
・・・という茶漬飯屋まで案内してくれたことがあった。水道尻の方から寝静った廓へ入ったので、角町へ曲るまでに仲の町を歩みすぎた時、引手茶屋のくぐり戸から出て来た二人の芸者とすれちがいになった。芸者の一人と踊子の栄子とは互に顔を見て軽く目で会釈をした・・・ 永井荷風 「草紅葉」
・・・突然お腹へ差込みが来るなどと大騒ぎをするかと思うと、納豆にお茶漬を三杯もかき込んで平然としている。お参りに出かける外、芝居へも寄席へも一向に行きたがらない。朝寝が好きで、髪を直すに時間を惜しまず、男を相手に卑陋な冗談をいって夜ふかしをするの・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・の中にたのしみは木芽にやして大きなる饅頭を一つほほばりしときたのしみはつねに好める焼豆腐うまく烹たてて食せけるときたのしみは小豆の飯の冷たるを茶漬てふ物になしてくふ時 多言するを須いず、これらの歌が曙覧ならざる人の口・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ 嫁には、無理じいに茶漬飯を食べさせて置いて、自分は刺身を添えさせ、外から来る人には、嫁が親切で、と云いたいたちであった。 赤の他人にはよくして、身内の事は振り向きもしない。お君の親達は「百面相」だの「七面鳥の様な」と云って居た。・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 第一そのわだかまりのない気軽な名が気に入って居るし次には白とみどりのすっきりしたお茶漬をサラサラとかっこむ様な趣もすきだ。 東北のこの地方の子供は前歯でその茎をかんで笛の様な音を出す事を知って居る。 茎の両端をひっぱってその中・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・その代りひどく気分がようなった。茶漬でも食べて、そろそろ東光院へ往かずばなるまい。お母あさまにも申し上げてくれ」 武士はいざというときには飽食はしない。しかしまた空腹で大切なことに取りかかることもない。長十郎は実際ちょっと寝ようと思った・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・この男はいつも毒にも薬にもならない事を言うが、思の外正直で情を偽らないらしいので、木村がいつか誰やらに、山田と話をするのは、胡坐を掻いて茶漬を食っているようで好いと云ったことがある。その山田がこう云った。「どうも驚いちまった。日本にこん・・・ 森鴎外 「食堂」
出典:青空文庫