・・・誠や温泉の美くしさ、肌、骨までも透通り、そよそよと風が身に染みる、小宮山は広袖を借りて手足を伸ばし、打縦いでお茶菓子の越の雪、否、広袖だの、秋風だの、越の雪だのと、お愛想までが薄ら寒い谷川の音ももの寂しい。 湯上りで、眠気は差したり、道・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・三時の茶菓子に、安藤坂の紅谷の最中を食べてから、母上を相手に、飯事の遊びをするかせぬ中、障子に映る黄い夕陽の影の見る見る消えて、西風の音、樹木に響き、座敷の床間の黒い壁が、真先に暗くなって行く。母さんお手水にと立って障子を明けると、夕闇の庭・・・ 永井荷風 「狐」
・・・あなた方は講演よりも茶菓子が食いたくなったり酒が飲みたくなったり氷水が欲しくなったりする。その方が内発的なのだから自然の推移で無理のないところなのである。 これだけ説明しておいて現代日本の開化に後戻をしたらたいてい大丈夫でしょう。日本の・・・ 夏目漱石 「現代日本の開化」
・・・ 貧しいと云っても比較的東京の貧乏人よりは何かが大まかで、来た者に何かは身になるもの、例えば薯の煮たの、豆のゆでたの、餅等と云うものを茶菓子に出すので、家から家へと泳いで廻って居るこの人等は三度に二度は他人の家で足して居られるので、孤独・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・「お茶もっといで」 お茶が来た。「お茶菓子もっといで」 幸雄は、「石川、お菓子おあがりよ」とすすめた。すすめながらも、幸雄は牡丹の花に見とれているのがありあり分った。実際少し遠のくと重々しく艶な淡紅の花の姿全体が、サ・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・あたりの茶店より茶菓子などもて来れど、飲食わむとする人なし。下りになりてより霧深く、背後より吹く風寒く、忽夏を忘れぬ。されど頭のやましきことは前に比べて一層を加えたり。軽井沢停車場の前にて馬車はつ。恰も鈴鐸鳴るおりなりしが、余りの苦しさに直・・・ 森鴎外 「みちの記」
出典:青空文庫