・・・蝦夷富士といわれるマッカリヌプリの麓に続く胆振の大草原を、日本海から内浦湾に吹きぬける西風が、打ち寄せる紆濤のように跡から跡から吹き払っていった。寒い風だ。見上げると八合目まで雪になったマッカリヌプリは少し頭を前にこごめて風に歯向いながら黙・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・もう草原に足がつきそうだと思うのに、そんなこともなく、際限もなく落ちて行きました。だんだんそこいらが明るくなり、神鳴りが鳴り、しまいには眼も明けていられないほど、まぶしい火の海の中にはいりこんで行こうとするのです。そこまで落ちたら焼け死ぬ外・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・ 従七位は、白痴の毒気を避けるがごとく、笏を廻して、二つ三つ這奴の鼻の尖を払いながら、「ふん、で、そのおのれが婦は、蜘蛛の巣を被って草原に寝ておるじゃな。」「寝る時は裸体だよ。」「む、茸はな。」「起きとっても裸体だにのう・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・下は一面、山懐に深く崩れ込みたる窪地にて、草原。苗樹ばかりの桑の、薄く芽ぐみたるが篠に似て参差たり。一方は雑木山、とりわけ、かしの大樹、高きと低き二幹、葉は黒きまで枝とともに茂りて、黒雲の渦のごとく、かくて花菜の空の明るきに対す。花・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ておりまして、(お雪や、お前、あんまり可哀そうだから、私がその病気を復と立ったまま手を引くように致しましたが、いつの間にやら私の体は、あの壁を抜けて戸外へ出まして、見覚のある裏山の方へ、冷たい草原の上を、貴方、跣足ですたすた参るんで・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ 周囲の草原はひっそりと眠っている。停車場から鐸の音が、ぴんぱんぴんぱんというように遠く聞える。丁度時計のセコンドのようである。セコンドや時間がどうなろうと、そんな事は、もうこの二人には用がないのである。女学生の立っている右手の方に浅い・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・二 さよ子は、草原の中につづいている小径の上にたたずんでは、幾たびとなく耳を傾けました。西の方の空には、日が沈んだ後の雲がほんのりとうす赤かった。さよ子は、電車の往来しているにぎやかな町にきましたときに、そのあたりの騒がしさ・・・ 小川未明 「青い時計台」
・・・少年は、その夜は、ついにこの石を抱いたまま、坂の下の草原の中で野宿をしました。 夏の夜明け方のさわやかな風が、ほおの上を吹いて、少年は目をさましますと、うす青い空に、西の山々がくっきりと黒く浮かんで見えていました。そして、その一つの嶺の・・・ 小川未明 「石をのせた車」
・・・少し行くと、草原に牡牛が繋がれている。狭い、草原を分けて行くと、もう秋は既に深かった。草の葉が紅く、黄色く色づいているのが見られる。危い崖を踏んで溪川を左手に眺めながら行くと林の下に樵夫の小舎がある。其処から少し行くと、地獄谷というところに・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・荒神橋の方に遠心乾燥器が草原に転っていた。そのあたりで測量の巻尺が光っていた。 川水は荒神橋の下手で簾のようになって落ちている。夏草の茂った中洲の彼方で、浅瀬は輝きながらサラサラ鳴っていた。鶺鴒が飛んでいた。 背を刺すような日表は、・・・ 梶井基次郎 「ある心の風景」
出典:青空文庫