・・・ 立花も莞爾して、「どうせ、騙すくらいならと思って、外套の下へ隠して来ました。」「旨く行ったのね。」「旨く行きましたね。」「後で私を殺しても可いから、もうちと辛抱なさいよ。」「お稲さん。」「ええ。」となつかしい低・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
一 襖を開けて、旅館の女中が、「旦那、」 と上調子の尻上りに云って、坐りもやらず莞爾と笑いかける。「用かい。」 とこの八畳で応じたのは三十ばかりの品のいい男で、紺の勝った糸織の大名縞の袷に、浴衣を襲ねたは、今しが・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・ 謹さんも莞爾して、「お話しなさい。」「難有う、」「さあ、こちらへ。」「はい、誠にどうも難有う存じます、いいえ、どうぞもう、どうぞ、もう。」「早速だ、おやおや。」「大分丁寧でございましょう。」「そんな皮肉を言・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ 掻垂れ眉を上と下、大きな口で莞爾した。「姉様、己の号外だよ。今朝、号外に腹が痛んだで、稲葉丸さ号外になまけただが、直きまた号外に治っただよ。」「それは困ったねえ、それでもすっかり治ったの。」と紅絹切の小耳を細かく、ちょいちょい・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ と莞爾する。「おさらいは構わないが、さ、さしあたって、水の算段はあるまいか、一口でもいいんだが。」「おひや。暑そうね、お前さん、真赤になって。」 と、扇子を抜いて、風をくれつつ、「私も暑い。赤いでしょう。」「しんは・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ 七兵衛はそれを莞爾やかに、「そら、こいつあ単衣だ、もう雫の垂るようなことはねえ。」 やがて、つくづくと見て苦笑い、「ほほう生れかわって娑婆へ出たから、争われねえ、島田の姉さんがむつぎにくるまった形になった、はははは、縫上げ・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・ つい私は莞爾した。扇子店の真上の鴨居に、当夜の番組が大字で出ている。私が一わたり読み取ったのは、唯今の塀下ではない、ここでの事である。合せて五番。中に能の仕舞もまじって、序からざっと覚えてはいるが――狸の口上らしくなるから一々は記すま・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・と言う時、織次は巻莨を火鉢にさして俯向いて莞爾した。面色は凛としながら優しかった。「粗末なお茶でございます、直ぐに、あの、入かえますけれど、お一ツ。」 と女房が、茶の室から、半身を摺らして出た。「これえ、私が事を意気な男だとお言・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・(翼ッて聞いた時、莞爾笑って両方から左右の手でおうように私の天窓を撫でて行った、それは一様に緋羅紗のずぼんを穿いた二人の騎兵で――聞いた時――莞爾笑って、両方から左右の手で、おうように私の天窓をなでて、そして手を引あって黙って坂をのぼっ・・・ 泉鏡花 「化鳥」
・・・――姿を見失ったその人を、呼んで、やがて、莞爾した顔を見た時は、恋人にめぐり逢った、世にも嬉しさを知ったのである。 阿婆、これを知ってるか。 無理に外套に掛けさせて、私も憩った。 着崩れた二子織の胸は、血を包んで、羽二重よりも滑・・・ 泉鏡花 「小春の狐」
出典:青空文庫