・・・生来薄手に出来た顔が一層今日は窶れたようだった。が、洋一の差し覗いた顔へそっと熱のある眼をあけると、ふだんの通りかすかに頬笑んで見せた。洋一は何だか叔母や姉と、いつまでも茶の間に話していた事がすまないような心もちになった。お律はしばらく黙っ・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・ が、鬼神の瞳に引寄せられて、社の境内なる足許に、切立の石段は、疾くその舷に昇る梯子かとばかり、遠近の法規が乱れて、赤沼の三郎が、角の室という八畳の縁近に、鬢の房りした束髪と、薄手な年増の円髷と、男の貸広袖を着た棒縞さえ、靄を分けて、は・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・ と、渡りに船の譬喩も恥かしい。水に縁の切れた糸瓜が、物干の如露へ伸上るように身を起して、「――御連中ですか、お師匠……」 と言った。 薄手のお太鼓だけれども、今時珍らしい黒繻子豆絞りの帯が弛んで、一枚小袖もずるりとした、は・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・総てが薄手で、あり余る髪の厚ぼったく見えないのは、癖がなく、細く、なよなよとしているのである。緋も紅も似合うものを、浅葱だの、白の手絡だの、いつも淡泊した円髷で、年紀は三十を一つ出た。が、二十四五の上には見えない。一度五月の節句に、催しの仮・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 油気も無く擦切るばかりの夜嵐にばさついたが、艶のある薄手な丸髷がッくりと、焦茶色の絹のふらしてんの襟巻。房の切れた、男物らしいのを細く巻いたが、左の袖口を、ト乳の上へしょんぼりと捲き込んだ袂の下に、利休形の煙草入の、裏の緋塩瀬ばかりが・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・難を云えば造りが薄手に出来ていて湿気などに敏感なことです。一つの窓は樹木とそして崖とに近く、一つの窓は奥狸穴などの低地をへだてて飯倉の電車道に臨む展望です。その展望のなかには旧徳川邸の椎の老樹があります。その何年を経たとも知れない樹は見わた・・・ 梶井基次郎 「橡の花」
・・・身をかわして薄手だけで遁れた。 翌日は戦だった。波伯部は戸倉を打って四十二歳で殺された主の仇を復したが、管領の細川家はそれからは両派が打ちつ打たれつして、滅茶苦茶になった。 政元は魔法を修していた長い間に何もしなかったのではない。た・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・は濫費されている字数にかかわらず何故に薄手な、貧弱な作品を結果したか? 作者は日本の封建的ブルジョア教育との闘争を、プロレタリアート解放のための具体的一部としてつかみ、芸術による闘いとして主題を深めていないからである。書く材料をペン先で扱っ・・・ 宮本百合子 「一連の非プロレタリア的作品」
・・・ 薄手な素足でこっちへ来て坐りながら、「下剤かけるかしら」 やや心配気に訊いた。私も小声で、「何のんだの」「銀紙のかたまり。……私呑みゃしないってがんばってるんだけど」 第二房へ入れられた男の同志と昨夜十二時頃仕事を・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・タオル二本のうち、私は薄手の方がさっぱりした使い心地だろうと思いますが、実際はどうかしら。薄いのがよかったらこの次はそれだけにいたしましょう。本は比較的軽いもの、だが面白そうなものを『日本経済年報21』とともに送りました。あなたの帯はもうぼ・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫