・・・一度死んだ人間を無理に蘇生らしたり、マダ生きてるはずの人間がイツの間にかドコかへ消えてしまったり、一つ人間の性格が何遍も変るのはありがちで、そうしなければ纏まりが附かなくなるからだ。正直に平たく白状さしたなら自分の作った脚色を餅に搗いた経験・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・が、半分化石し掛った思想は耆婆扁鵲が如何に蘇生らせようと骨を折っても再び息を吹き返すはずがない。結局は甲冑の如く床の間に飾られ、弓術の如く食後の腹ごなしに翫ばれ、烏帽子直垂の如く虫干に昔しを偲ぶ種子となる外はない。津浪の如くに押寄せる外来思・・・ 内田魯庵 「四十年前」
・・・雨や、風にいじめられていた私は、こうしていま蘇生っています。まだ、私は、これから先にも、いろいろのおもしろい有り様を見たり、話を聞くことができましょう――。「どうか、お日さま、私のお願いをきいてください。こうして、私はいま幸福な身の上で・・・ 小川未明 「煙突と柳」
・・・しまった感情や、また、或時、ある事件に対して、刹那ながらも心の全幅を掩うた感覚や、また、もはや忘れられんとして時々、頭の中に顔を出して来るような感情や、感覚が、さらに、一つ作家の作物を読むことによって蘇生されるならば、しばらくまた其の気分の・・・ 小川未明 「忘れられたる感情」
・・・見ると右の手の親指がキュッと内の方へ屈っている、やがて皆して、漸くに蘇生をさしたそうだが、こんな恐ろしい目には始めて出会ったと物語って、後でいうには、これは決して怨霊とか、何とかいう様な所謂口惜しみの念ではなく、ただ私に娘がその死を知らした・・・ 小山内薫 「因果」
・・・あらゆる記憶が若草のように蘇生る時だ。楽しい身体の熱は、妙に別れた妻を恋しく思わせた。 夕飯の頃には、針仕事に通って来ている婦も帰って行った。書生は電話口でしきりとガチャガチャ音をさせていた。電燈の点いた食堂で、大塚さんは例の食卓に対っ・・・ 島崎藤村 「刺繍」
・・・ずるい弟は、全く蘇生の思いで、その兄の後を、足が地につかぬ感じで、ぴょんぴょん附いて歩いた。 A新聞社の前では、大勢の人が立ちどまり、ちらちら光って走る電光ニュウスの片仮名を一字一字、小さい声をたてて読んでいる。兄も、私も、その人ごみの・・・ 太宰治 「一燈」
・・・ その撮影が、どうにか一くぎりすんで、男爵は、蘇生の思いであった。むし熱い撮影室から転げるようにして出て、ほっと長大息した。とっぷり日が暮れて、星が鈍く光っている。「新やん。」うしろから、低くそう呼ばれて、ふりむくと、いままで髭の男・・・ 太宰治 「花燭」
・・・この茶店の床几の上に、あぐらをかけば、私は不思議に蘇生するのである。その床几の上に、あぐらをかいて池の面を、ぼんやり眺め、一杯のおしるこ、或は甘酒をすするならば、私の舌端は、おもむろにほどけて、さて、おのれの思念開陳は、自由濶達、ふだん思っ・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・薔薇は蘇生した。ゆっくり真紅含羞の顔をあげて、私の、ずるい、平気な笑顔を見つけて、小娘のような無染の溜息、それでも、「むずかしいのねえ、ありがとう。」とかしこい一言、小声でいうのを忘れなかった。そうして、わかれた。一万五千円の学費つかって、・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
出典:青空文庫