・・・き寄せここらならばと遠くお台所より伺えば御用はないとすげなく振り放しはされぬものの其角曰くまがれるを曲げてまがらぬ柳に受けるもやや古なれどどうも言われぬ取廻しに俊雄は成仏延引し父が奥殿深く秘めおいたる虎の子をぽつりぽつり背負って出て皆この真・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・洋服屋がきて虎の子の十円を持って行きました。未だ一円残っていますがこれで散髪屋に行き、――後五十銭残りますが、これもいっそ費って、宵越のぜにア持たねエ、クリスマスを迎えようかと愚考しています。ぼくはここ迄昨夜二時帰宅後、五時まで書きました。・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・ まあ、まあ、 何んも彼も、めぐり合わせや。 私が、いくらややこしゅう云うたとて、何んもならへん……と云うと、お節は、心配にだまり返って、仕事を片づけ始めた。 虎の子の様にしてある二十円近い金を手離なさなければならな・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ああいう映画監督の俸給どの位だろう……いくぶんゴシップ趣味だが…… ――待ってくれ、虎の子を出して見るから、こりゃ多い。七百五十ルーブリだそうだ。映画俳優のところも見て御覧、ついでに。主役で三百ルーブリから六百ルーブリだ。一寸エピソード・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・があり、子供との関係でも、母から溺愛的に愛された子は、何かしら母が無条件に愛せる弱いところをもっていて、私のように母と互に愛しあいながらも、この人生についての考え方、生き方で、対立したものは蹴落された虎の子のようで、却って計らざる幸運を生涯・・・ 宮本百合子 「わが母をおもう」
出典:青空文庫