・・・ と、虚勢を張っていた。 貧乏でも、何万円という酒がしみこんでいる身体のまま死ぬのが、せめてもの自慢らしかった。 借金を残して死ぬ死に方は、いさぎよいというものの、男としては情けない死に方であろう。が、世間の人は、酒が飲めるとい・・・ 織田作之助 「中毒」
・・・ その洒落がわからず、器用に煙草の輪を吹き出すことで、虚勢を張っていると、「――君はいくつや」 と、きかれた。「十八や。十八で煙草吸うたらいかんのか」 先廻りして食って掛ると、男は釣糸を見つめながら、「おれは十六から・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・ しかし、父は、大皿に盛られた桜桃を、極めてまずそうに食べては種を吐き、食べては種を吐き、食べては種を吐き、そうして心の中で虚勢みたいに呟く言葉は、子供よりも親が大事。 太宰治 「桜桃」
・・・人道主義とやらの虚勢で、我慢を装ってみても、その後の日々の醜悪な地獄が明確に見えているような気がした。Hは、ひとりで田舎の母親の許へ帰って行った。洋画家の消息は、わからなかった。私は、ひとりアパートに残って自炊の生活をはじめた。焼酎を飲む事・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・彼の言葉は、ただ、ひねこびた虚勢だけで、何の愛情もない。見たまえ、自分で自分の「邦子」やら「児を盗む話」やらを、少しも照れずに自慢し、その長所、美点を講釈している。そのもうろくぶりには、噴き出すほかはない。作家も、こうなっては、もうダメであ・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・ だから、今、お前はその実際の力も、虚勢も、傭兵をも動員して、殺戮本能を満足さすんだ。それはお前にとってはいいことなんだ。お前にとって、それはこの上もなく美しいことなんだ。お前の道徳だ。だからお前にとってはそうであるより外に仕方のない運・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・性の感情の至純さと、素質の平等、一言に云えば夫人の良人に対する知と云うものに尊敬の払えないような、所謂男らしい欠点を多大に持った人は、こちらの女性に対して、彼の持つ、哀れむべき尊厳を犯される不安から、虚勢を張ってけなしてしまいます。 又・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・それは芭蕉の時代にもう武士階級の経済基礎は商人に握られて不安になっており、したがって武士の矜恃というものも喪われ、人にすぐれて敏感だった芭蕉に、その虚勢をはった武士の生活が堪えがたかったことを語っている。 大きな商人の隠居だった西鶴はま・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・「自分の一生懸命な質問は、明かに弱味を見せたくなさ、尊敬を失いたくなさに根差している虚勢で、お為ごかしの否定を与えられ、また或る種の人々は、彼の口軽な、頓智のいい戯談で、巧にはぐらかしてしまう。それで自分がすまされると思うのか、今に忘れ・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫