・・・今日のも釘立ち蚯蚓飛ぶ位の勢は慥かにあるヨ。これで、書初めもすんで、サア廻礼だ。」「おい杖を持て来い。」「どの杖をナ。」「どの杖ててまさかもう撞木杖なんかはつきやしないヨ。どれでもいいステッキサ。暫く振りで薩摩下駄を穿くんだが、非常に穿・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・につけ、田舎の、身銭を切っても孫達のためにする母方の祖母や、もう身につける事のない衣裳だの髪飾りなどをお君の着物にかえた母親が一層有難く慕わしかった。 上気して耳朶を真赤にし「こめかみ」に蚯蚓の様な静脈を表わしてお金は、自分でも制御する・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 彼はもう何だか、わざわざ切角こうやって生きている蚯蚓の命まで奪って僅かばかりの小魚を釣るにも及ばないような心持になって、草の上に針を投げ出すと、そのまま煙草をふかし始めた。 さっきまでは居る影さえしなかった鳶が、いつの間にかすぐ目・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・ 菊太は幾度も幾度も頭をさげて、乾いた筆の先を歯でつぶしてうすい墨を少しつけて蚯蚓の様な、消え消えな字をのたくらせて井出菊太と書いた下へ拇指を墨につけて印変りにする。 その間、祖母は一言もきかず、菊太の前にしゃがんでのろのろと動く手・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫