・・・の掛った時はさすがにバサバサの頭を水で撫で付け、襟首を白く塗り、ボロ三味線の胴を風呂敷で包んで、雨の日など殆んど骨ばかしになった蛇の目傘をそれでも恰好だけ小意気にさし、高下駄を履いて来るだけの身だしなみをするという。花代は一時間十銭で、特別・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ この文士、ひどく露骨で、下品な口をきくので、その好男子の編集者はかねがね敬遠していたのだが、きょうは自身に傘の用意が無かったので、仕方なく、文士の蛇の目傘にいれてもらい、かくは油をしぼられる結果となった。 全部、やめるつもりでいる・・・ 太宰治 「グッド・バイ」
・・・ はるか遠く、楢の幹の陰に身をかくし、真赤な、ひきずるように長いコオトを着て、蛇の目傘を一本胸にしっかり抱きしめながら、この光景をこわごわ見ている女は、さちよである。 さちよは、あの翌る日に出京して、そうして別段、勉強も、学問も、し・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・たとえば塗下駄や、帯や、蛇の目傘や、刀の鞘や、茶托や塗り盆などの漆黒な斑点が、適当な位置に適当な輪郭をもって置かれる事によって画面のつりあいが取れるようになっている。多数の人物を排した構図ではそれら人物の黒い頭を結合する多角形が非常に重要な・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・秋の日をホロ/\と散る病葉の たゞその名のみなつかしきかな気まぐれに紅の小布をはぬひつゝ お染を思ふうす青き日よ泣きつかれうるむ乙女の瞳の如し はかなく光る樫の落葉よ蛇の目傘塗りし足駄の様もよし たゞ・・・ 宮本百合子 「短歌習作」
出典:青空文庫