・・・極、婦人をして我に節操を尽さしめんか、終生空閨を護らしめ、おのれ一分時もその傍にあらずして、なおよく節操を保たしむるにあらざるよりは、我に貞なりとはいうことを得ずとなし、はじめよりお通の我を嫌うこと、蛇蝎もただならざるを知りながら、あたかも・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・不義を憎む事蛇蝎よりも甚だしく、悪政暴吏に対しては挺身搏闘して滅ぼさざれば止まなかった沼南は孤高清節を全うした一代の潔士でもありまた闘士でもあった。が、沼南の清節は袍弊袴で怒号した田中正造の操守と違ってかなり有福な贅沢な清貧であった。沼南社・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・高橋君は、それ以後、作家に限らず、いささかでも人格者と名のつく人物、一人の例外なく蛇蝎視して、先生と呼ばれるほどの嘘を吐き、などの川柳をときどき雑誌の埋草に使っていましたが、あれほどお慕いしていた藤村先生の『ト』の字も口に出しませぬ。よほど・・・ 太宰治 「虚構の春」
出典:青空文庫