・・・あたりにはどっさりひとがいる。衆人環視のなかで、その男は自分の女房をなぐったのであった。 そのひとはそういう今日の人の気風に竦然としたと語った。 小田急の電車の中で、パーマネントの若い女の髪をつかんで罵りながら引っぱっている男を、ぐ・・・ 宮本百合子 「私の感想」
・・・彼はその歓喜を衆人の前に誇示して、Faun らしく無恥に有頂天に踊り回るのである。私たちに嘔吐を催させるものも、彼には Extase を起こす。私たちが赤面する場合に彼は哄笑する。彼は無恥を焦点とする現実主義者である。――Iには売女を思わせ・・・ 和辻哲郎 「転向」
・・・珠を九仞の深きに投げ棄ててもただ皮相の袋の安き地にあらん事を願う衆人の心は無智のきわみである。さはあれわが保つ宝石の尊さを知らぬ人は気の毒を通り越して悲惨である、ただ己が命を保たんため、己が肉欲を充たさんために内的生命を失い内的欲求を枯らし・・・ 和辻哲郎 「霊的本能主義」
出典:青空文庫