・・・の土地は、東京の郊外には違いありませんが、でも、都心から割に近くて、さいわい戦災からものがれる事が出来ましたので、都心で焼け出された人たちは、それこそ洪水のようにこの辺にはいり込み、商店街を歩いても、行き合う人の顔触れがすっかり全部、変って・・・ 太宰治 「饗応夫人」
・・・ 槍の穂先に冠をかけて、窓近く差し出したる時、ランスロットとギニヴィアの視線がはたと行き合う。「忌まわしき冠よ」と女は受けとりながらいう。「さらば」と男は馬の太腹をける。白き兜と挿毛のさと靡くあとに、残るは漠々たる塵のみ。 ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・広い世界を、広い世界に住む人間が、随意の歩調で、勝手な方角へあるいているとすれば、御互に行き合うとき、突き当りそうなときは、格別の理由のない限り、両方で路を譲り合わねばならない。四種の理想は皆同等の権利を有して人生をあるいている。あるくのは・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・土地の樹木の枝、葉など概して細々密接してついて居ると同じに、行き合う男の容貌、概して道具立てこまかく、手堅そうについて居るところ、興味あり。 美しき富士山を見た。春先のような葉の色のおんばこ、薊を処々に見る。・・・ 宮本百合子 「湯ヶ島の数日」
・・・歩いて捜す。病気になれば寝ていて待つ。神仏の加護があれば敵にはいつか逢われる。歩いて行き合うかも知れぬが、寝ている所へ来るかも知れぬ」 宇平の口角には微かな、嘲るような微笑が閃いた。「おじさん。あなたは神や仏が本当に助けてくれるものだと・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
出典:青空文庫