・・・ 十――水のすぐれ覚ゆるは、西天竺の白鷺池、じんじょうきょゆうにすみわたる、昆明池の水の色、行末久しく清むとかや。「お待ち。」 紫玉は耳を澄した。道の露芝、曲水の汀にして、さらさら・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・何となく覚束ない二人の行末、ここで少しく話をしたかったのだ。民子は勿論のこと、僕よりも一層話したかったに相違ないが、年の至らぬのと浮いた心のない二人は、なかなか差向いでそんな話は出来なかった。しばらくは無言でぼんやり時間を過ごすうちに、一列・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・虚実は知らぬが、「十ウで神童、ハタチで才子、二十以上はタダの人というお約束通り、森の子も行末はタダの人サ、」と郷人の蔭口するのを洩れ聞いて発憤して益々力学したという説がある。左に右く天禀の才能に加えて力学衆に超え、早くから頭角を出した。万延・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・娘は、独り波の音を聞きながら、身の行末を思うて悲しんでいました。波の音を聞いていると、何となく遠くの方で、自分を呼んでいるものがあるような気がしましたので、窓から、外を覗いて見ました。けれど、ただ青い青い海の上に月の光りが、はてしなく照らし・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・温泉芸者を揚げようというのを蝶子はたしなめて、これからの二人の行末のことを考えたら、そんな呑気な気イでいてられへんともっともだったが、勘当といってもすぐ詫びをいれて帰り込む肚の柳吉は、かめへん、かめへん。無断で抱主のところを飛出して来たこと・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・母はこの子を連れて家々の門に立てば、貰い物多く、ここの人の慈悲深きは他国にて見ざりしほどなれば、子のために行末よしやと思いはかりけん、次の年の春、母は子を残していずれにか影を隠したり。太宰府訪でし人帰りきての話に、かの女乞食に肖たるが襤褸着・・・ 国木田独歩 「源おじ」
・・・祖母さんに、どんな事が有ッても其様な真似は私はしない、私のやれる丈けやって妹と弟の行末を見届けるから心配して下さるなと言切って其時あんまり口惜かったから泣きましたのよ。それからね寧のこと針仕事の方が宜いかと思って暫時局を欠勤んでやって見たの・・・ 国木田独歩 「二少女」
・・・で、マア、その娘もおれの所へ来るという覚悟、おれも行末はその女と同棲になろうというつもりだった。ところが世の中のお定まりで、思うようにはならぬ骰子の眼という習いだから仕方が無い、どうしてもこうしてもその女と別れなければならない、強いて情を張・・・ 幸田露伴 「太郎坊」
・・・こし方行末おもい続けてうつらうつらと一夜をあかしぬ。 十三日、明けて糠くさき飯ろくにも喰わず、脚半はきて走り出づ。清水川という村よりまたまた野辺地まで海岸なり、野辺地の本町といえるは、御影石にやあらん幅三尺ばかりなるを三四丁の間敷き連ね・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・おげんがそれを自分の手で始末しないばかりに心配して、旦那の行末の楽みに再びこの地方へと引揚げて来た頃は、さすが旦那にも謹慎と後悔の色が見えた。旦那の東京生活は結局失敗で、そのまま古い小山の家へ入ることは留守居の大番頭に対しても出来なかった。・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
出典:青空文庫