・・・ この夜は霧が深く立てこめていて、街頭のガス燈や電気燈の周囲に凝っている水蒸気が美しく光っておぼろな輪をかけていた。往来の人や車が幻影のように現われては幻影のように霧のうちに消えてゆく。自分はこんな晩に大路を歩くことが好きで。霧につつま・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・しかし街頭の実践運動家といえども倫理学的な指導原理を持ち、それによって社会革新の情熱を刺衝されないものは少ない。それどころか自分の社会革新の思想の正しい所以を合理的に根拠づけんとするやみがたい要求から自ら倫理学を発表さえもしている。アナーキ・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・昼は小町の街頭に立って、往来の大衆に向かって法華経を説いた。彼の説教の態度が予言者的なゼスチュアを伴ったものであったことはたやすく想像できる。彼は「権威ある者の如く」に語り、既成教団をせめ、世相を嘆き、仏法、王法二つながら地におちたことを悲・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 街頭狗肉を売るところの知的商人、いつわりの説教師たちを輩出せしめる現代ジャーナリズムに毒されたる読書青年が、かような敬虔な期待を持つことができないのは同情に値する。しかしながらジャーナリズムはまた需要にこたえるものでもある。読書子の書・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・少年は上京して大学へはいり、けれども学校の講義には、一度も出席せず、雨の日も、お天気の日も、色のさめたレインコオト着て、ゴム長靴はいて、何やら街頭をうろうろしていました。お洒落の暗黒時代が、それから永いことつづきました。そうして、間もなく少・・・ 太宰治 「おしゃれ童子」
・・・ 街頭録音というものである。所謂政府の役人と、所謂民衆とが街頭に於いて互いに意見を述べ合うという趣向である。 所謂民衆たちは、ほとんど怒っているような口調で、れいの官僚に食ってかかる。すると、官僚は、妙な笑い声を交えながら、実に幼稚・・・ 太宰治 「家庭の幸福」
・・・私についての様々の伝説が、ポンチ画が、さかしげな軽侮の笑いを以て、それからそれと語り継がれていたようであるが、私は当時は何も知らず、ただ、街頭をうろうろしていた。一年、二年経つうちに、愚鈍の私にも、少しずつ事の真相が、わかって来た。人の噂に・・・ 太宰治 「鴎」
・・・山梨県は、もともと甲斐犬の産地として知られているようであるが、街頭で見かける犬の姿は、けっしてそんな純血種のものではない。赤いムク犬が最も多い。採るところなきあさはかな駄犬ばかりである。もとより私は畜犬に対しては含むところがあり、また友人の・・・ 太宰治 「畜犬談」
・・・ふっと気がついたら、そのような五里霧中の、山なのか、野原なのか、街頭なのか、それさえ何もわからない、ただ身のまわりに不愉快な殺気だけがひしひしと感じられ、とにかく、これは進まなければならぬ。一寸さきだけは、わかっている。油断なく、そろっと進・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ たとえば劇場のシーンの中で、舞台の幕があくと街頭の光景が現われる、その町の家並みを舞台のセットかと思っているとそれがほんとうの町になっている。こういう趣向は別に新しくもなくまたなんでもないことのようであるが、しかしやはり映画のスクリー・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
出典:青空文庫