・・・それから、何という表題の書物であったか、若い僧侶が古い壁画か何かの裸体画を見て春の目覚めを感じるという場面を非常にリアルな表現をもって話して聞かせた事があった。その時の病子規は私には非常に若々しく水々しい人のように感ぜられた。 私は『仰・・・ 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・そういう心配のありそうな論文でも発表しようとする場合には、その論文の表題を少し素人わかりの悪いものにしておけば、決してジャーナリストにつかまる心配がないということである。 発明発見、その他科学者の業績に関する記事の特種は、たった一日経過・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・いろいろ考えた末に結局平凡な、表題のとおりの名前を選むことになってしまったわけである。全くむつかしいものである。 この集の内容は例によって主として身辺瑣事の記録や追憶やそれに関する瑣末の感想である。こういうものを書く場合に何かひと言ぐら・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ただ意味のありそうな表題と作物との関係を考えさせられるだけである。これは多分私が彫刻を全然理解しないためであろう。私には古いギリシアか仏像以外のものは分らない。ロダンでさえ分らないくらいである。それで帝展の彫刻から受取るものの総和はむしろや・・・ 寺田寅彦 「帝展を見ざるの記」
・・・ある時の曲目中にかえるの鳴き声やらシャンペンを抜く音の交じった表題楽的なものがあった。それがよほどおかしかったと見えて、帰り道に精養軒前をぶらぶら歩きながら、先生が、そのグウ/\/\というかえるの声のまねをしては実に腹の奥からおかしそうに笑・・・ 寺田寅彦 「夏目漱石先生の追憶」
・・・連句が全体を通じて物語的な筋をもたないから連句は低級なものであると考えるのは、表題音楽が高級で、ソナタ、シンフォニーが低級であるというのと同様である。連句は音楽よりも次元的に数等複雑な音楽的構成から成立している。音と音との協和不協和よりも前・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 要するにこれは、表題にも掲げたとおり、比較言語学上における統計学的研究の可能性を暗示するための一つの試みに過ぎないのである。 学者の中には、二つの国語の間の少数な語彙の近似から、大胆に二つのものの因果関係を帰納せんとする人もあるよ・・・ 寺田寅彦 「比較言語学における統計的研究法の可能性について」
一 連句の独自性 日本アジア協会学報第二集第三巻にエー・ネヴィル・ホワイマント氏の「日本語および国民の南洋起原説」という論文が出ている。これはこの表題の示すごとく、日本国語の根源が南洋にある事を論証し、従っ・・・ 寺田寅彦 「連句雑俎」
・・・目下いずこの停車場の新聞売場にも並べられている小新聞を見ると、拙劣鄙褻な挿絵とその表題とが、読者の目を牽くだけで買って読んで見ると案外つまらない事ばかりである。わたくしは時代の流行として、そういう時代にはそうした物が流行したという事を記憶し・・・ 永井荷風 「裸体談義」
・・・と源さんが聞くと松さんはそうよそうかも知れねえと上表紙を見る。標題には浮世心理講義録有耶無耶道人著とかいてある。「何だか長い名だ、とにかく食道楽じゃねえ。鎌さん一体これゃ何の本だい」と余の耳に髪剃を入れてぐるぐる廻転させている職人に聞く・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
出典:青空文庫