・・・すすびたシャツの胸のはだけたのや、しみだらけの手ぐいで頬かぶりをしたのや、中には裸体で濡菰を袈裟のように肩からかけたのが、反射炉のまっかな光をたたえたかたわらに動いている。機械の運転する響き、職工の大きな掛声、薄暗い工場の中に雑然として聞え・・・ 芥川竜之介 「日光小品」
・・・すると或寝台の上にミイラに近い裸体の女が一人こちらを向いて横になっていた。それは又僕の復讐の神、――或狂人の娘に違いなかった。…… 僕は目を醒ますが早いか、思わずベッドを飛び下りていた。僕の部屋は不相変電燈の光に明るかった。が、どこかに・・・ 芥川竜之介 「歯車」
・・・ クララはいつの間にか男の裸体と相対している事も忘れて、フランシスを見やっていた。フランシスは「眼をあげて見よ」というと同時に祭壇に安置された十字架聖像を恭しく指した。十字架上の基督は痛ましくも痩せこけた裸形のままで会衆を見下ろしていた・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ と雲の峰の下に、膚脱、裸体の膨れた胸、大な乳、肥った臀を、若い奴が、鞭を振って追廻す――爪立つ、走る、緋の、白の、股、向脛を、刎上げ、薙伏せ、挫ぐばかりに狩立てる。「きゃッ。」「わッ。」 と呼ぶ声、叫ぶ声、女どもの形は、黒・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・手頃な丸太棒を差荷いに、漁夫の、半裸体の、がッしりした壮佼が二人、真中に一尾の大魚を釣るして来た。魚頭を鈎縄で、尾はほとんど地摺である。しかも、もりで撃った生々しい裂傷の、肉のはぜて、真向、腮、鰭の下から、たらたらと流るる鮮血が、雨路に滴っ・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・妻は台所の土間に藁火を焚いて、裸体の死児をあたためようとしている。入口には二、三人近所の人もいたようなれどだれだかわからぬ。民子、秋子、雪子らの泣き声は耳にはいった。妻は自分を見るや泣き声を絞って、何だってもう浮いていたんですものどうしてえ・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・記念祭の日、赤い褌をしめて裸体で踊っている寄宿生の群れを見て、軽蔑のあまり涙が落ちた。どいつもこいつも無邪気さを装って観衆の拍手を必要としているのだ。けれども、そう思う豹一にももともとそれが必要だったのだ。記念祭の夜応援団の者に撲られたこと・・・ 織田作之助 「雨」
・・・サルトルは絵描きが裸体のデッサンからはいって行くことによって、人間を描くことを研究するように、裸かの肉体をモラルやヒューマニズムや観念のヴェールを着せずに、描いたのだ。そして、人間が醜怪なる実存である限り、いかなるヴェールも虚偽であり、偽善・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・そしてそれがだんだんはっきりして来るんですが、思いがけなくその男がそこに見出したものはベッドの上にほしいままな裸体を投げ出している男女だったのです。白いシーツのように見えていたのがそれで、静かに立ち騰っている煙は男がベッドで燻らしている葉巻・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・すこやかな裸体。まるで希臘の水瓶である。エマニュエル・ド・ファッリャをしてシャコンヌ舞曲を作らしめよ! この家はこの娘のためになんとなく幸福そうに見える。一群の鶏も、数匹の白兎も、ダリヤの根方で舌を出している赤犬に至るまで。 しかし・・・ 梶井基次郎 「温泉」
出典:青空文庫