・・・その証拠にお前に見せる物がある。この手紙の一束を見てくれい。(忙がしげに抽斗を開け、一束の手紙を取り出恋の誓言、恋の悲歎、何もかもこの中に書いてはある。己が少しでもそれを心に感じたのだと思って貰うと大違いだ。(主人は手紙の束を死の足許これが・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・葉の色などには最も窮したが、始めて絵の具を使ったのが嬉しいので、その絵を黙語先生や不折君に見せると非常にほめられた。この大きな葉の色が面白い、なんていうので、窮した処までほめられるような訳で僕は嬉しくてたまらん。そこでつくづくと考えて見るに・・・ 正岡子規 「画」
・・・時間があれば見せるのだがと武田先生が云った。ベンチへ座ってやすんでいると赤い蟹をゆでたのを売りに来る。何だか怖いようだ。よくあんなの食べるものだ。 *一千九百廿五年十月十六日一時間目の修身の講義・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ 白リネンの小布を持ち上げて、縫かけの薊の図案を見せる。――膝に開いた本をのせたまま手許に気をとられるので少し唇をあけ加減にとう見こう見刺繍など熱心にしている従妹の横顔を眺めていると、陽子はいろいろ感慨に耽る気持になることがった。夫の純・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・と、秀麿は云って、お母あ様に対して、ちょっと愉快げな笑顔をして見せる。大抵こんな話をするのは食事の時位で、その外の時間には、秀麿は自分の居間になっている洋室に籠っている。西洋から持って来た書物が多いので、本箱なんぞでは間に合わなくなって、こ・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・あなたの色紙を貰ってくれというのは、何んでも数学をやる友人の中に、あなたの家の標札を盗んで持ってるものがいるので、よし、おれは色紙を貰って見せると、ついそう云ってしまったらしいのです。」 梶は十年も前、自宅の標札をかけてもかけても脱され・・・ 横光利一 「微笑」
・・・雨を催している日の空気は、舟からこの海岸を手の届くように近く見せるのである。 我々は北国の関門に立っているのである。なぜというに、ここを越せばスカンジナヴィアの南の果である。そこから偉大な半島がノルウェエゲンの瀲や岩のある所まで延びてい・・・ 著:ランドハンス 訳:森鴎外 「冬の王」
・・・一つの人格、一つの世相、一つの戦い、その秘められた核を私は一本の針で突き刺して見せる。その証拠は私の製作が示すだろう。 そして私は製作する。できたものをたとえばストリンドベルヒの作に比べてみる。何という鈍さと貧弱さだろう。私は差恥と絶望・・・ 和辻哲郎 「生きること作ること」
出典:青空文庫