・・・侯爵は、かたわらより、「ともかく、今日はまあ見合わすとしたらどうじゃの。あとでゆっくりと謂い聞かすがよかろう」 伯爵は一議もなく、衆みなこれに同ずるを見て、かの医博士は遮りぬ。「一時後れては、取り返しがなりません。いったい、あな・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・娘二人顔を見合わす。 俎の上で切刻まれ、磔にもかかる処を、神様のような旦那様に救われました。その神様を、雪が積って、あの駒ヶ岳へあらわれる、清い気高い、白い駒、空におがんでいなければならないんだのに。女にうまれた一生の思出に・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・両方おもてを見合わす。実に寒山のかなしみも、かくやとばかりふる雪に、積る……幕外へ。思いぞ残しける。男は足早に、女は静に。――幕――大正三年十月・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・もはや、この世の中では、それらの天使は、たがいに顔を見合わすようなことはおそらくありますまい。いつか、青い空に上っていって、おたがいにこの世の中で経てきた運命について、語り合う日よりはほかになかったのであります。 びんの中から、天使は、・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・この時いずこともなく遠雷のとどろくごとき音す、人々顔と顔見合わす隙もなく俄然として家振るい、童子部屋の方にて積み重ねし皿の類の床に落ちし響きすさまじく聞こえぬ。 地震ぞと叫ぶ声室の一隅より起こるや江川と呼ぶ少年真っ先に闥を排して駆けいで・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
・・・朝夕顔を見合わす間柄はそんなに追従いうことの出来ないのは当然である。だが其兄とさえ昵まぬ太十だから、どっちかといえばむっつりとした女房は実際こそっぱい間柄であった。孰れの村落へ行っても人は皆悪戯半分に瞽女を弄ぼうとする。瞽女もそれを知らない・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・室の中なる人々は顔と顔を見合わす。只事ではない。 五 舟「かぶとに巻ける絹の色に、槍突き合わす敵の目も覚むべし。ランスロットはその日の試合に、二十余人の騎士を仆して、引き挙ぐる間際に始めてわが名をなのる。驚く人の醒め・・・ 夏目漱石 「薤露行」
十一日の夜床に着いてからまもなく電話口へ呼び出されて、ケーベル先生が出発を見合わすようになったという報知を受けた。しかしその時はもう「告別の辞」を社へ送ってしまったあとなので私はどうするわけにもいかなかった。先生がまだ横浜・・・ 夏目漱石 「戦争からきた行き違い」
出典:青空文庫