・・・ついに聟は、家の人たちが心配をして、見張りをしていたにもかかわらず、いつのまにか、家から飛び出して、同じ川に身を投げて死んでしまいました。 この水ぶくれのした死骸は、川の上に浮いて、ふわりふわりと流れて、みんなの知らぬまに、海に入ってし・・・ 小川未明 「海ぼたる」
・・・Sは銃につけ剣して、いかめしく身構えて、つまり見張りの役をしていたのだ。ほかの兵隊達は皆見送人と、あちこちに集いながら団欒しているので、自分がその見張りの役を買っているのだと、彼は淋しい顔もせずに言った。彼には見送人が私のほかには無かったの・・・ 織田作之助 「面会」
・・・ 屋根の上に、敵兵の接近に対する見張り台があった。その屋根にあがった、一等兵の浜田も、何か悪戯がしてみたい衝動にかられていた。昼すぎだった。「おい、うめえ野郎が、あしこの沼のところでノコ/\やって居るぞ。」 と、彼は、下で、ぶら・・・ 黒島伝治 「前哨」
・・・ 三 ある朝、町からの往還をすぐ眼下に見おろす郷社の杜へ見張りに忍びこんでいた二人の若者が、息を切らし乍ら馳せ帰って来た。「やって来るぞ! 気をつけろ!」 暫らくたつと、三人の洋服を着た執達吏が何か話し合いな・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・ディオニシアスは、獄卒に言いつけて、たえずデイモンの容子を見張りをさせておきました。しかしデイモンは、いつまでたってもちょっとも不安そうな容子を見せませんでした。「私はピシアスを信じている。ピシアスは立派な人だ。決してうそはつかない。も・・・ 鈴木三重吉 「デイモンとピシアス」
・・・ ドアの外で正服の警官がふたり見張りしていることをやがて知った。どうするつもりだろう。忌わしい予感を、ひやと覚えたとき、どやどやと背広服着た紳士が六人、さちよの病室へはいって来た。「須々木が、ホテルで電話をかけたそうだね。」「え・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・市場の辻の消防屯所夜でも昼でも火の見で見張りぐるぐる見回る 北は……… 南は……… 西は……… 東は………どっかに煙はさて見えないか。 わが国の教育家、画家、詩人ならびに出版業・・・ 寺田寅彦 「火事教育」
・・・ ハース氏は、イタリアの人足はずるくて、うっかりしていると荷物なんかさらわれるからと言って、先に桟橋へおりた自分らに見張り番をさせておいて船からたくさんのカバンや行李をおろさせた。税関の検査は簡単に済んだ。自分がペンク氏から借りて持って・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・これに反して毎晩欠かさず空の見張りをしている専門家にとっては、「偶然」はむしろ主に星の出現という事のみにあって、われわれの場合のように星と人とに関する二重の「偶然」ではない。強いて云えば天気の晴曇や日常の支障というような偶然の出来事のために・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・桜の花を砕いて織り込める頬の色に、春の夜の星を宿せる眼を涼しく見張りて「私も画になりましょか」と云う。はきと分らねど白地に葛の葉を一面に崩して染め抜きたる浴衣の襟をここぞと正せば、暖かき大理石にて刻めるごとき頸筋が際立ちて男の心を惹く。・・・ 夏目漱石 「一夜」
出典:青空文庫