・・・その待女郎の目が、一つ、黄色に照って、縦にきらきらと天井の暗さに光る、と見つつ、且つその俎の女の正体をお誓に言うのに、一度、気を取られて、見直した時、ふと、もうその目の玉の縦に切れたのが消えていた。 斑はんみょうだ。斑が留っていた。・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・と片足、胸とともに引いて、見直して、「これは樹島の御子息かい。――それとなくおたよりは聞いております。何よりも御機嫌での。」「御僧様こそ。」「いや、もう年を取りました。知人は皆二代、また孫の代じゃ。……しかし立派に御成人じゃな。・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・恐らく古代アラビヤ語であろう、アラビヤ語は辞典がないので困るんだ、しかし、織田君はなかなか学があるね、見直したよとその学生に語ったということである。読者や批評家や聴衆というものは甘いものである。 彼等は小説家というものが宗教家や教育家や・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・まだまだ若いのだとそんな話のたびに、改めて自分を見直した。が、心はめったに動きはしなかった。湯崎にいる柳吉の夢を毎晩見た。ある日、夢見が悪いと気にして、とうとう湯崎まで出掛けて行った。「毎日魚釣りをして淋しく暮している」はずの柳吉が、ことも・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・最近の運命共同体の思想はこれを新たに見直してきたのである。国土というものに対して活きた関心を持たぬのは、これまでのこの国の知識青年の最大の認識不足なのである。今や新しい転換がきつつある。 しかし日蓮の熱誠憂国の進言も幕府のいれるところと・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・ 私は詩碑の背面に刻みこまれている加藤武雄氏の碑文を見直した。それは昭和十一年建てられた当時、墨の色もはっきりと読取られたものであるが、軟かい石の性質のためか僅か五年の間に墨は風雨に洗い落され、碑石は風化して左肩からはすかいに亀裂がいり・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・たが、それよりも、その時、あの人の声に、また、あの人の瞳の色に、いままで嘗つて無かった程の異様なものが感じられ、私は瞬時戸惑いして、更にあの人の幽かに赤らんだ頬と、うすく涙に潤んでいる瞳とを、つくづく見直し、はッと思い当ることがありました。・・・ 太宰治 「駈込み訴え」
・・・思わず青年の顔を見直した。「自身の行為の覚悟が、いま一ばん急な問題ではないのでしょうか。ひとのことより、まずご自分の救済をして下さい。そうして僕たちに見せて下さい。目立たないことであっても、僕たちは尊敬します。どんなにささやかでも、個人の努・・・ 太宰治 「花燭」
・・・ 私は女中さんの顔を見直した。女中さんは、にこりともせず、やはり、まじめな顔をしている。もとからちゃんとしたまじめな女中さんだったし、まさか、私をからかっているのでもなかろう。「さあ、」私も、まじめに考えないわけにいかなくなった。「・・・ 太宰治 「鴎」
・・・ 僕は青扇の顔を見直した。「それはつまり抽象して言っているのでしょうか。」「いいえ。」青扇はいぶかしそうに僕の瞳を覗いた。「私のことを言っているのですけれど?」 僕はまたまた憐愍に似た情を感じたのである。「まあ、きょうは・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
出典:青空文庫