・・・「何やいうて、彼やいうて、まるでお話しにならんのですが、誰が何を見違えたやら、突然しらべに来て、膃肭臍の中を捜すんですぞ、真白な女の片腕があると言うて。」……明治四十四年二月 泉鏡花 「露肆」
・・・「外套を被って、帽子をめして、……見違えて、おほほほほ、失礼な、どうしましょう。」 と小春は襟も帯も乱れた胸を、かよわく手でおさえて、片手で外套の袖に縋りながら、蒼白な顔をして、涙の目でなお笑った。「おほほほほほ、堪忍、御免なす・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・両人は蒼くなって、あまり跳ね過ぎたなと勘づいたが、これより以後跳方を倹約しても金剛石が出る訳でもないので、やむをえず夫婦相談の結果、無理算段の借金をした上、巴里中かけ廻ってようやく、借用品と一対とも見違えられる首飾を手に入れて、時を違えず先・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・英国を歩いていた時、ロシアを歩いていた時分は大分疲れていたように見えたが、海を渡って来てからは見違えたようだ。「ここ」には赤ん坊が無数にいる。安価な搾取材料は群れている。 サア! 巨人よ! 轢殺車を曵いて通れ! ここでは一切がお前を・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
出典:青空文庫