・・・青森の親元へ沙汰をする、手当薬療、息子の腰が立つと、手が切れた。むかいに来た親は、善知鳥、うとうと、なきながら子をくわえて皈って行く。片翼になって大道に倒れた裸の浜猫を、ぼての魚屋が拾ってくれ、いまは三河島辺で、そのばさら屋の阿媽だ、と煮こ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・目を煩らって、しばらく親許へ、納屋同然な二階借りで引き籠もって、内職に、娘子供に長唄なんか、さらって暮らしていなさるところへ、思い余って、細君が訪ねたのでございます。」(お艶さん、私はそう存じます。私が、貴女ほどお美しければ、「こんな女・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・ さあ、お奥では大騒動、可恐しい大熱だから伝染ても悪し、本人も心許ないと云うので、親許へ下げたのだ。医者はね、お前、手を放してしまったけれども、これは日ならず復ったよ。 我に反るようになってから、その娘の言うのには、現の中ながらどう・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・長崎県五島の親元へ出す妓の手紙を代筆してやりながら、いろいろ妓の身の上話を聞いた。話は結局こういう生活をどう思うかというところに落着いたが、妓が金に換算される一種の労働だと思い諦めているのを知って、だしぬけに豹一の心は軽くなった。今まで根強・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ 黄金色の皮に、青味がさして来るまで樹にならしてある夏蜜柑をトシエは親元からちぎって来た。歯が浮いて、酢ッぱい汁が歯髄にしみこむのをものともせずに、幾ツも、幾ツも、彼女はそれをむさぼり食った。蜜柑の皮は窓のさきに放られてうず高くなった。・・・ 黒島伝治 「浮動する地価」
・・・「恥かしいことでしょうけれど、私は、女の親元からの仕送りで生活していたのです。それがこんなになって。」 せかせか言いつづける青扇の態度に、一刻もはやく客を追いかえそうとしている気がまえを見てとった。僕はわざわざ袂から煙草をとりだし、・・・ 太宰治 「彼は昔の彼ならず」
・・・わずかなお給金の中から、二円でも三円でも毎月かかさず親元へ仕送りをつづけた。十八になって、向島の待合の下女をつとめ、そこの常客である新派の爺さん役者をだまそうとして、かえってだまされ、恥ずかしさのあまり、ナフタリンを食べて、死んだふりをして・・・ 太宰治 「古典風」
・・・睦子が生れてそれから間もなく、島田が出征して、それでもお前は、洋裁だか何だかやってひとりで暮せると言って、島田の親元のほうへも行かず、いや、行こうと思っても、島田もなかなかの親不孝者らしいから親元とうまく折合いがつかなくて、いまさら女房子供・・・ 太宰治 「冬の花火」
・・・黄村のところへ教えを受けに来ている二三の書生たちに手紙の代筆をしてやった。親元へ送金を願う手紙を最も得意としていた。例えばこんな工合いであった。謹啓、よもの景色云々と書きだして、御尊父様には御変りもこれなく候や、と虚心にお伺い申しあげ、それ・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・りの八百屋の御用聞き春公と、家の仲働お玉と云うのが何時か知ら密通して居て、或夜、衣類を脊負い、男女手を取って、裏門の板塀を越して馳落ちしようとした処を、書生の田崎が見付けて取押えたので、お玉は住吉町の親元へ帰されると云う大騒ぎだけは、何の事・・・ 永井荷風 「狐」
出典:青空文庫