・・・ 親元に報じてやる手紙が出されるのを見てから赤子のわきに横になりはなっても、自分が経験した病気に対する、あらゆる悲しさや恐ろしさが過敏になった心に渦巻きたって、もうどうしても死なねばならないときまってしまった様な厳な気持になったりして、・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・知人にたよろうとし、それがかなわぬ段になって、始めて親戚をおとずれ、親戚にことわられて、亀蔵はようよう親許へ帰る気になったらしい。定右衛門の家には二十八日に帰った。 二月中旬に亀蔵は江戸で悪い事をして帰ったのだろうと云う噂が、松坂から定・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・それを山中が聞いて、伊織に世話をしようと云うと、有竹では喜んで親元になって嫁入をさせることにした。そこで房州うまれの内木氏のるんは有竹氏を冒して、外桜田の戸田邸から番町の美濃部方へよめに来たのである。 るんは美人と云う性の女ではない。若・・・ 森鴎外 「じいさんばあさん」
・・・間もなく親元から連れ戻しに親類が出たが、強情を張って帰らない。親類も川桝の店が、料理店ではあっても、堅い店だと云うことを呑み込んで、とうとう娘の身の上をこの内のお上さんに頼んで置いて帰ってしまった。それが帰ると、又間もなく親類だと云って、お・・・ 森鴎外 「心中」
・・・とうとう下女の親許へ出掛けて行って、いずれ妻にするからと云って、一旦引き取らせて手当を遣っていた。そのうちにどうかしようと思ったが、親許が真面目なので、どうすることも出来ない。宮沢は随分窮してはいたのだが、ひと算段をしてでも金で手を切ろうと・・・ 森鴎外 「独身」
・・・使に往った先は、向いに下宿している女学生の親元である。F君は女学生と秘密に好い中になっていたが、とうとう人に隠されぬ状況になったので、正式に結婚しようとした。それを四国の親元で承引しない。そこで親達を説き勧めにF君が安国寺さんを遣ったと云う・・・ 森鴎外 「二人の友」
出典:青空文庫