・・・ 私は言下に答えました。「神品です。なるほどこれでは煙客先生が、驚倒されたのも不思議はありません」 王氏はやや顔色を直しました。が、それでもまだ眉の間には、いくぶんか私の賞讃に、不満らしい気色が見えたものです。 そこへちょう・・・ 芥川竜之介 「秋山図」
・・・ アベは言下に返答した。「わたしならば唯こう申します。シャルル六世は気違いだったと。」アベ・ショアズイはこの答を一生の冒険の中に数え、後のちまでも自慢にしていたそうである。 十七世紀の仏蘭西はこう云う逸話の残っている程、尊王の精神に富ん・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・ 騎兵は言下に刀をかざすと、一打に若い支那人を斬った。支那人の頭は躍るように、枯柳の根もとに転げ落ちた。血は見る見る黄ばんだ土に、大きい斑点を拡げ出した。「よし。見事だ。」 将軍は愉快そうに頷きながら、それなり馬を歩ませて行った・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・が前いったような態度で書いたところの詩でなければ、私は言下に「すくなくとも私には不必要だ」ということができる。そうして将来の詩人には、従来の詩に関する知識ないし詩論は何の用をもなさない。――たとえば詩はすべての芸術中最も純粋なものであるとい・・・ 石川啄木 「弓町より」
・・・き天を頂いて、国家の法を裁すべき判事は、よく堪えてお幾の物語の、一部始終を聞き果てたが、渠は実際、事の本末を、冷かに判ずるよりも、お米が身に関する故をもって、むしろ情において激せざるを得なかったから、言下に打出して事理を決する答をば、与え得・・・ 泉鏡花 「政談十二社」
・・・と辰弥は言下に答えぬ。綱雄さあ行こうではないか。と善平は振り向きぬ。綱雄は冷々として、はい、参りましょう。 心々に四人は歩み出しぬ。私は先へ行ってお土産を、と手折りたる野の花を投げ捨てて、光代は子供らしく駈け出しぬ。裾はほらほら、雪は紅・・・ 川上眉山 「書記官」
・・・「いやよ。」言下に拒否した。顔を少し赤くして、くつくつ笑っている。「お留守のあいだは、いやよ。」「なんだ、」小坂氏はちょっとまごついて、「何を言うのです。他人に貸すわけじゃあるまいし。」「お父さん、」と上の姉さんも笑いながら、「・・・ 太宰治 「佳日」
・・・「安いもんじゃないですか。」言下に反撥して来る。闘志満々である。「カフェへ行って酒を呑むことを考えなさい。」失敬なことまで口走る。「カフェなんかへは行かないよ。行きたくても、行けないんだ。四円なんて、僕には、おそろしく痛かったんです・・・ 太宰治 「市井喧争」
・・・できるとも、と言下に答えて腕まくり、一歩まえに進み出た壮士ふうの男は、この世の大馬鹿野郎である。君みたいな馬鹿がいるから、いよいよ世の中が住みにくくなるのだ。 おゆるし下さい。言葉が過ぎた。私は、人生の検事でもなければ、判事でもない。人・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・ 私は、ほとんど言下に答えた。「それはやはり、大学で基礎勉強してからのほうがよい。」「そうだろうか。」 兄は浮かぬ顔をしていた。兄は私を通訳のかわりとしても、連れて行きたかったらしいのだが、私が断ったので、また考え直した様子・・・ 太宰治 「如是我聞」
出典:青空文庫