・・・どうも失敬した失敬したと言い訳をする。なるべく藤野には読ませぬようにしたいとだれも思ったろうが、そういうわけにも行かぬのでやはり順番で読ませる。すると五回に一度は何かしら間違えてそのたびに非常に恥じて悲しい顔をする。そしてズ・・・ 寺田寅彦 「花物語」
・・・ということを繰返し繰返し言い訳のように云うのであった。 募集した絵をゆっくり一枚一枚点検しながら、不折や虚子や碧梧桐を相手に色々批評したり、また同時に自分の描いておいた絵を見せたりして閑談に耽るのがあの頃の子規の一つの楽しみであったろう・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
・・・が今申した通りあまり乾燥して光沢気の乏しいみだしなのでことさら懸念をいたします。が言訳はこのくらいでたくさんでしょうからそろそろ先へ進みましょう。 私は家に子供がたくさんおります。女が五人に男が二人、〆めて七人、それで一番上の子供が十三・・・ 夏目漱石 「中味と形式」
・・・「商売なら、衣食のためと云う言い訳も立つ」「うん」「社会の悪徳を公然道楽にしている奴らは、どうしても叩きつけなければならん」「うん」「君もやれ」「うん、やる」 圭さんは、のっそりと踵をめぐらした。碌さんは黙然とし・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・打ち明けたところを申せば今度の講演を私が断ったって免職になるほどの大事件ではないので、東京に寝ていて、差支があるとか健康が許さないとか何とかかとか言訳の種を拵えさえすれば、それですむのです。けれども諸君のためを思い、また社のためを思い、と云・・・ 夏目漱石 「文芸と道徳」
・・・そういう訳で今日は出ましたので、演説をする前に言訳がましい事をいうのは甚だ卑怯なようでありますけれども、大して面白い事も御話は出来ないと思いますし、また問題があっても、学校の講義見たように秩序の立った御話は出来兼ねるだろうと思います。安倍君・・・ 夏目漱石 「模倣と独立」
・・・然しだ、私は言い訳をするんじゃないが、世の中には迚も筆では書けないような不思議なことが、筆で書けることよりも、余っ程多いもんだ。たとえば、人間の一人々々が、誰にも云わず、書かずに、どの位多くの秘密な奇怪な出来事を、胸に抱いたまま、或は忘れた・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・自分自身をペテンにかけたり、人をペテンにかけたり、あきらめたり、言訳をしたり、しようがないと思ったりしては、ならないと思うのです。 日本人は、よくしようがないといいます。ロシアでも昔のロシア人はニチェヴォといって、何でも、しようがない、・・・ 宮本百合子 「社会と人間の成長」
・・・ と、佐藤は言分けらしくつぶやいた。掛布団もない寝台の上でそのまま待てとは女の心を知らない命令であったかも知れない。 女は寝た。「膝を立てて、楽に息をしてお出」 と云って、花房は暫く擦り合せていた両手の平を、女の腹に当てた。・・・ 森鴎外 「カズイスチカ」
・・・日常の生活は実に貴いのです。言い訳が立つからといって、なすべき事をしないのはやはりいい事ではありません。たとえ仕事に全精力を集中する時でも「人」としてふるまうことを忘れてはならない。それができないのは弱いからです。愛が足りないからです。・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
出典:青空文庫