・・・バイロンは十八歳で処女詩集を出版している。シルレルもまた十八歳、「群盗」に筆を染めた。ダンテは九歳にして「新生」の腹案を得たのである。彼もまた。小学校のときからその文章をうたわれ、いまは智識ある異国人にさえ若干の頭脳を認められている彼もまた・・・ 太宰治 「猿面冠者」
・・・山岸さんに教えられて、やがて立派な詩集を出し、世の達識の士の推頌を得ている若い詩人が已に二、三人あるようだ。「三田君は、どうです。」とその頃、私は山岸さんに尋ねた事がある。 山岸さんは、ちょっと考えてから、こう言った。「いいほう・・・ 太宰治 「散華」
・・・ますが、しかし、その問題にされ方が、如何に私がダメな男であるか、おそらくは日本で何人と数えられるほどダメな男ではなかろうか、という事に就いて問題にされたのでありまして、その頃、私の代表作と言われていた詩集の題は、「われ、あまりに愚かしければ・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・女学生が、読めもしないフランス語の詩集を持って歩いているのと、ずいぶん似ている。あわれな、おていさいである。パラパラ、頁をめくっていって、ふと、「汝もし己が心裡に安静を得る能わずば、他処に之を求むるは徒労のみ。」というれいの一句を見つけて、・・・ 太宰治 「八十八夜」
・・・ども、恋人の森ちゃんは、いつも文学の本を一冊か二冊、ハンドバッグの中に入れて持って歩いて、そうしてけさの、井の頭公園のあいびきの時も、レエルモントフとかいう、二十八歳で決闘して倒れたロシヤの天才詩人の詩集を鶴に読んで聞かせて、詩などには、ち・・・ 太宰治 「犯人」
・・・馬鹿と面罵するより他に仕様のなかった男、エリオットの、文学論集をわざと骨折って読み、伊東静雄の詩集、「わがひとに与ふる哀歌。」を保田与重郎が送ってくれ、わがひととは、私のことだときめて再読、そのほか、ダヴィンチ、ミケランジェロの評伝、おのお・・・ 太宰治 「碧眼托鉢」
・・・その詩集『上漁謡』に花時の雑沓を厭って次の如くに言ったものがある。花時上佳 〔花時 上佳し雖レ佳慵レ命レ駕 佳しと雖も駕を命ずるに慵し都人何雑沓 都人何ぞ雑沓して来往無二昼夜一 来往すること昼夜を無す・・・ 永井荷風 「向嶋」
・・・アンリイ・ド・レニエエは、近世的都市の喧騒から逃れて路易大王が覇業の跡なるヴェルサイユの旧苑にさまよい、『噴水の都』La Cit des Eaux と題する一巻の詩集を著した。その序詩の末段に、Qu'importe! ce n'es・・・ 永井荷風 「霊廟」
・・・男は傍らにある羊皮の表紙に朱で書名を入れた詩集をとりあげて膝の上に置く。読みさした所に象牙を薄く削った紙小刀が挟んである。巻に余って長く外へ食み出した所だけは細かい汗をかいている。指の尖で触ると、ぬらりとあやしい字が出来る。「こう湿気てはた・・・ 夏目漱石 「一夜」
・・・僕の第二詩集「青猫」は、その惑溺の最中に書いた抒情詩の集編であり、したがつてあのショーペンハウエル化した小乗仏教の臭気や、性慾の悩みを訴へる厭世哲学のエロチシズムやが、集中の詩篇に芬々として居るほどである。しかし僕は、それよりも尚多くのもの・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
出典:青空文庫