・・・こいつは話せると思ったら、こないだから頭に持っている小説が、急に早く書きたくなった。 バルザックか、誰かが小説の構想をする事を「魔法の巻煙草を吸う」と形容した事がある。僕はそれから魔法の巻煙草とほんものの巻煙草とを、ちゃんぽんに吸った。・・・ 芥川竜之介 「田端日記」
・・・君もなかなか話せる。A 可いだろう。毎晩毎晩そうして新しい寝床で新しい夢を結ぶんだ。本も机も棄てっちまうさ。何もいらない。本を読んだってどうもならんじゃないか。B ますます話せる。しかしそれあ話だけだ。初めのうちはそれで可いかも知れ・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・立たぬか性悪者めと罵られ、思えばこの味わいが恋の誠と俊雄は精一杯小春をなだめ唐琴屋二代の嫡孫色男の免許状をみずから拝受ししばらくお夏への足をぬきしが波心楼の大一坐に小春お夏が婦多川の昔を今に、どうやら話せる幕があったと聞きそれもならぬとまた・・・ 斎藤緑雨 「かくれんぼ」
・・・おやじ、話せるぞ。」などと全く見え透いた愚かなお世辞を言いながら、負けじ劣らじと他のお客も、その一皿二円のあやしげな煮込みを注文する。けれども、この辺で懐中心細くなり、落伍する者もある。「ぼく、豚の煮込み、いらない。」と全く意気悄沈して・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・ 面のぶざいくなのに似合わず、なかなか話せる男じゃないか。やはり小説を書くほどの男には、どこか、あっさりしたところがある。イナセだよ。モオツアルトを聞けば、モオツアルト。文学青年と逢えば、文学青年。自然にそうなって来るんだから不思議だ。・・・ 太宰治 「渡り鳥」
・・・かくのごとき人間に邂逅する英国だから、我下宿の妻君が生意気な事を云うのも別段相手にする必要はないが、同じ英国へ来たくらいなら今少し学問のある話せる人の家におって、汚ない狭いは苦にならないから、どうか朝夕交際がして見たい。こう云う望があるから・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・ 今日新しい社会的な環境の中で、両性の協力ということを友情や、恋愛の感情の基本にあるものとして、一般がとり上げ初めたこと、そして私もその角度から率直に、話せるようになって来た事。このことを考えただけでも、日本の社会が絶大な犠牲を払って歩・・・ 宮本百合子 「あとがき(『幸福について』)」
・・・自分一個のさまざまの経験や気持や希望を、自分のものであるとともに女性全体のものであり、社会のものであるという関係から感じて、話せる力を、どんな風に身につけつつあるだろうか。 女にとって社会生活がひろがるということは、ただ世の中に出て揉ま・・・ 宮本百合子 「女の自分」
・・・ 自分の顔なんか、迚も自分で話せるものではないと思う。随分大した顔付をしていることもあるんでしょうから、どうぞあしからずと笑うしかないようなところがある。 写真ずきと写真ぎらいとの心持の理由はいろいろあるだろう。私はフラッシュが・・・ 宮本百合子 「顔を語る」
・・・あれでもう少し重みと見識が加ったら、相当に話せる女になるだろうと思わせる女であった。その人と、僅かしか入って居ない金入れのちょろまかしとは、愛にとって実に意外な連想であった。意外であり乍ら、而も、途方もない事だと、其人の為、又自分達の為に恥・・・ 宮本百合子 「斯ういう気持」
出典:青空文庫