・・・もう、如何に田口から委しいことをきいても、取りかえしはつかない、と感じた。 病室の入り口では護送に行く筈だった看護卒が防寒服をぬぎ、帯剣をはずして、二三人で、何かひそ/\話し合っていた。負傷者が行くと、不自然な笑い方をして、帯皮を輪にし・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・勿論見た事もなければ、詳しい談を聞いていたのでもない。ただその名に憧れて、大した名物だということを知っていたに過ぎない。廷珸は因是の甘いお客だということを見抜いて、「これがその宝器でございまして、これこれの訳で出たものでございまする」と宜い・・・ 幸田露伴 「骨董」
・・・恵子が淫売で拘留されたことがあるとか、家の裏に抜穴があるとか、もっと詳しいことが噂立った。龍介はイライラしてきた。恵子を信じていても、やはりそんなことがいろいろに意識のうちに入ってきて、不快だった。しかしそれと同時に、彼は恵子をすっかり自分・・・ 小林多喜二 「雪の夜」
・・・前者については一つ一つの温泉の詳しい事は分らないが各温泉の特徴については明瞭な知識を与え選択の手よりになる。後者ではその温泉と他との比較は明らかにならない。 ともかくも学術上の権威者の一つの役目は丁度旅行者に対する案内者の役目である。京・・・ 寺田寅彦 「科学上における権威の価値と弊害」
・・・化学的染料塗料色素等に関する著書はずいぶんたくさんにあるが、古来のシナ墨、それは現在でもまだかなりに実用に供されているあの墨の詳しい製法を書いたものは容易に見つからない。昔の随筆物なども物色してみたし、古書展覧会などもあさって歩いたがやっぱ・・・ 寺田寅彦 「錯覚数題」
・・・あれもこの皺の問題といくぶん連関しているらしく思われるが詳しいことはわからない。これも一つの問題ではある。 裂罅、あるいは「われめ」の生成は皺襞と対立さるべきものでやはり一種の不安定によって定まるものであろうが、このほうの研究はまだきわ・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
・・・此方の揚ったのは、忰の骨揚げのすんだ翌日でしたっけがね、私も詳しいことも知らねえが、△△中の船頭を一週間買いあげて、捜したそうです。これは×××大将の方からも、入費が出たそうで……その骨揚の日には、私も寄ばれましたっけが、忰の筺の品を二品ほ・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・お召の縞柄を論ずるには委しいけれど、電車に乗って新しい都会を一人歩きする事なぞは今だに出来ない。つまり明治の新しい女子教育とは全く無関係な女なのである。稽古唄の文句によって、親の許さぬ色恋は悪い事であると知っていたので、初恋の若旦那とは生木・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・と中々精しい。 カーライルが麦藁帽を阿弥陀に被って寝巻姿のまま啣え煙管で逍遥したのはこの庭園である。夏の最中には蔭深き敷石の上にささやかなる天幕を張りその下に机をさえ出して余念もなく述作に従事したのはこの庭園である。星明かなる夜最後の一・・・ 夏目漱石 「カーライル博物館」
・・・されるかどうだかの問題はいざとならなければ解釈がつかないから質問しない方がいいとして先へ進む、さて両君はこの辺の地理不案内なりとの口実をもって覚束なき余に先導たるべしとの厳命を伝えた、しかるに案内には詳しいが自転車には毫も詳しくないから、行・・・ 夏目漱石 「自転車日記」
出典:青空文庫