・・・ 雑所は諸膝を折って、倒れるように、その傍で息を吐いた。が、そこではもう、火の粉は雪のように、袖へ掛っても、払えば濡れもしないで消えるのであった。明治四十四年一月 泉鏡花 「朱日記」
・・・突然、年増の行火の中へ、諸膝を突込んで、けろりとして、娑婆を見物、という澄ました顔付で、当っている。 露店中の愛嬌もので、総籬の柳縹さん。 すなわちまた、その伝で、大福暖いと、向う見ずに遣った処、手遊屋の婦は、腰のまわりに火の気が無・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・馬は前足の蹄を堅い岩の上に発矢と刻み込んだ。 こけこっこうと鶏がまた一声鳴いた。 女はあっと云って、緊めた手綱を一度に緩めた。馬は諸膝を折る。乗った人と共に真向へ前へのめった。岩の下は深い淵であった。 蹄の跡はいまだに岩の上に残・・・ 夏目漱石 「夢十夜」
出典:青空文庫