・・・ 髯ある者、腕車を走らす者、外套を着たものなどを、同一世に住むとは思わず、同胞であることなどは忘れてしまって、憂きことを、憂しと識別することさえ出来ぬまで心身ともに疲れ果てたその家この家に、かくまでに尊い音楽はないのである。「衆生既・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・それが朝日であるか、夕日であるか、私にはその香気でもって識別することができるのだ。それでは、いまは夜明けなのか。 私は、いくぶんすがすがしい気持になって、山をよじ登ったのである。見た眼には、けわしそうでもあるが、こうして登ってみると、き・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
・・・女性には、意志薄弱のダメな男をほとんど直観に依って識別し、これにつけ込み、さんざんその男をいためつけ、つまらなくなって来ると敝履の如く捨ててかえりみないという傾向がございますようで、私などはつまりその絶好の獲物であったわけなのでございましょ・・・ 太宰治 「男女同権」
・・・未だかつて猟夫を見たことも無い、その兎の目が、なぜ急に、猟夫を識別し、之を恐怖するようになったか。ここに些少の問題が在る。 なに、答案は簡単である。猟夫を恐怖したのは、兎の目では無くして、その兎の目を保有していた彼女である。兎の目は何も・・・ 太宰治 「女人訓戒」
・・・ 大蛇と鰐との闘争も珍しい見ものであるが、なにぶんにも水の飛沫がはげしくて一度見せられたくらいでは詳細な闘争方法が識別できにくいのが残念である。 これに反して虎と大蛇との取り組みは実にあざやかである。蛇の闘法は人間にはちょっとまねが・・・ 寺田寅彦 「映画「マルガ」に現われた動物の闘争」
・・・匂や床の振動ですぐに人を識別する女である。 しかし私が書こうと思ったのはケラーの弁護ではなかった。ヴィエイがケラー自叙伝中の記述に対して用いた psittacism という言葉がある。 私はこのイズムには始めて出会ったので、早速英辞・・・ 寺田寅彦 「鸚鵡のイズム」
・・・また目は、たとえば、リヒテンベルグの陽像と陰像とを一瞬時に識別する。これを客観的に識別しようとすればめんどうな分析法によって多数の係数を算出し、さらにそれを統計にかけて表示しなければならない。さらにまた、盲人の触感は猫の毛の「光沢」を識別し・・・ 寺田寅彦 「感覚と科学」
・・・ われわれの言語を言語として識別させるに必要な要素としての母音や子音の差別目標となるものは、主として振動数の著しく大きい倍音、あるいは基音とはほとんど無関係ないわゆる形成音のようなものである。それで考え方によっては、それらの音をそれぞれ・・・ 寺田寅彦 「疑問と空想」
・・・という声がたぶん蚊の羽根にでも共鳴して、それが、蚊にとってはすておき難い挑戦あるいは誘惑としての刺激を与えるせいであろうが、それにしても、その音源のどの方面にあるかということを一瞬間に識別するのはどういう官能に因るものか、考えてみると驚嘆す・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・ それはとにかく、この三型を識別するための簡単で手近なメンタルテストの問題として「黒焼き」の問題が役立つのはおもしろい。 炭は炭でもそのコロイド的内部構造の相違によって物理的化学的作用には著しい差がある場合もあるから、蛇の黒焼きとた・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫