・・・若し夫れ識見を論ずれば必ずしも政治家に劣るものではない。且又利害を超越した情熱に富んでいることは常に政治家よりも高尚である。 事実 しかし紛紛たる事実の知識は常に民衆の愛するものである。彼等の最も知りたいのは愛とは何かと・・・ 芥川竜之介 「侏儒の言葉」
・・・が、少年の筆らしくない該博の識見に驚嘆した読売の編輯局は必ずや世に聞ゆる知名の学者の覆面か、あるいは隠れたる篤学であろうと想像し、敬意を表しかたがた今後の寄書をも仰ぐべく特に社員を鴎外の仮寓に伺候せしめた。ところが社員は恐る恐る刺を通じて早・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・アレだけの長い閲歴と、相当の識見を擁しながら次第に政友と離れて孤立し、頼みになる腹心も門下生もなく、末路寂寞として僅に廓清会長として最後の幕を閉じたのは啻に清廉や狷介が累いしたばかりでもなかったろう。四 沼南は廃娼を最後の使・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・にならんがために濫読することは無用のことである。識見は博きにこしたことはないが、そのためにしみじみと心して読まぬのでは得るところが少ない。浅き「物識り」を私はとらない。「物識り」と「深き人」とは同一人であることはまれである。 特に実・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・そもそも初枝女史は、実に筆者の実姉にあたり、かつまた、筆者のフランス語の教師なのでありますから、筆者は、つねにその御識見にそむかざるよう、鞠躬如として、もっぱらお追従に之努めなければなりませぬ。長幼、序ありとは言いながら、幼者たるもの、また・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ことにその題目が風月の虚飾を貴ばずして、ただちに自己の胸臆をしくもの、もって識見高邁、凡俗に超越するところあるを見るに足る。しこうして世人は俊頼と文雄を知りて、曙覧の名だにこれを知らざるなり。 曙覧の事蹟及び性行に関しては未だこれを聞く・・・ 正岡子規 「曙覧の歌」
・・・ 愛の躾は、社会に対する愛と識見の、よりひろい土台の上に立てられるべきであろうと思います。〔一九四六年四月〕 宮本百合子 「新しい躾」
・・・というところを読んだものは、歴史家である著者がこの大芸術家の識見を正しくつたえつつ、自身の芸術に対する良識と感性によって、おのずから今日の芸術が、特に今一度とりあげて考え直さねばならない芸術上の諸課題にも触れているのを痛感するであろう。例え・・・ 宮本百合子 「現代の心をこめて」
・・・ 全篇の結論として、目下問題とされている家族制度、家庭生活改善の理想を徒に外国の風習などに摸倣せず、日本は日本民族独特の見地から、識見を以て発足すべきであると云う主旨には、恐らく何人も意義を挾む者はないでしょう。 あらゆる国々の習俗・・・ 宮本百合子 「男女交際より家庭生活へ」
・・・今の小説はつまらないということが一つの識見であるかのように繰返されることがある。作家はそういう人々の弾力を失った感受性を憐むと同時に、作家側として学びとるべき何ものかがその一見下らぬ言葉の中に籠っていることを知らなければならないのではないだ・・・ 宮本百合子 「問に答えて」
出典:青空文庫