・・・ 最近大阪の闇市場では「警戒警報」「空襲警報」という言葉が囁かれている。しかし戦争中の話をしているのではない、警察の手入れのことを「警報」という隠語で伝達しているのである。どんなに極秘にされた抜打ちの手入れでも、事前に洩れる。これが「警・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・ Kは斯う警戒する風もなく、笑顔を見せて迎えて呉れると、彼は初めてほっとした安心した気持になって、ぐたりと坐るのであった。それから二人の間には、大抵次ぎのような会話が交わされるのであった。「……そりゃね、今日の処は一円差上げることは・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
・・・これは充分警戒しなければならぬことだ。ダンサー、女給、仲居、芸者等いわゆる玄人の女性は気をつけねばならぬ。ことに自分より年増の女は注意を要する。 男女交際と素人、玄人 日本では青年男女の交際の機会が非常に限られて・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・ 税関吏と、国境警戒兵は、そのころになると、毎年、一番骨が折れた。一番油断がならなかった。黒河からやってくる者たちは、何物も持たず、何物をも求めず、ただプロレタリアートの国の集団農場や、突撃隊の活動や、青年労働者のデモを見たいがためにや・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・鉄道沿線へは多くに分れて小部隊が警戒に出かけた。栗本の中隊は、汽車に乗ってイイシの警戒に出かける命令を受けた。汽車には宵のうちから糧秣や弾薬や防寒具が積込まれた。夕闇が迫って来るのは早く、夜明けはおそかった。 栗本は、長い夜を町はずれの・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・彼女は家の方に居た時分、妙に家の人達から警戒されて、刃物という刃物は鋏から剃刀まで隠されたと気づいたことがよくある。年をとったおげんがつくづくこの世の冷たさを思い知ったのは、そういう時だった。その度に彼女は悲しさや腹立しさが胸一ぱいに込み上・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・いろいろ物そうなので、町々では青年団なぞがそれぞれ自警団を作り、うろんくさいものがいりこむのをふせいだり、火の番をしたりして警戒しました。 郊外から見ると、二日の日なぞは一日中、大きなまっ赤な入道雲見たいなものが、市内の空に物すごく、お・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・今や迂拙の文を録し、恬然として愧ずることなし。警戒近きにあり。請う君これを識れと。君笑って諾す。すなわちその顛末を書し、もって巻端に弁ず。 明治十九年十二月田口卯吉 識 田口卯吉 「将来の日本」
・・・あまりのばからしさに、男爵は警戒心さえ起して、多少よそ行きの言葉を使った。「どこがいったい、一生の大事なんです。結構な身分じゃないか。わざわざ僕は、遠いところからやって来たんだぜ。どこをどう、聞けばいいのだ。田舎のものたちが、おまえをあきら・・・ 太宰治 「花燭」
・・・この女中までが私を変に警戒しているようなふうなので、私は、うんざりしました。あの外八文字が、みんなに吹聴したのに違いありません。その夜は私も痛憤して、なかなか眠られぬくらいでしたが、でも、翌る朝になったら恥ずかしさも薄らいで、部屋を掃除しに・・・ 太宰治 「風の便り」
出典:青空文庫