・・・私はまた洗練された、しかしどれもこれも単純な味しかもたない料理をしばしば食べた。豪華な昔しの面影を止めた古いこの土地の伝統的な声曲をも聞いた。ちょっと見には美しい女たちの服装などにも目をつけた。 この海岸も、煤煙の都が必然展けてゆかなけ・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・小説の単行本が売れないといわれて来てから、出版屋は一昨年あたり、いわゆる豪華版というものの濫発をやった。高くて綺麗な本でなけりゃこの頃は売れません。つまり、本の内容からは何も大して期待しない、金のある人だけがこの頃は本を買い、自分たちの日常・・・ 宮本百合子 「「大人の文学」論の現実性」
最近豪華版とか、限定版とか称する書籍を見る。少い部数で、一々本の番号を付し、非常に立派な装幀で、一見洵に豪華なものである。限られた少数の富裕な見手を目当てにしたものだろう。私達から見れば此上なく意味のないもので、読んで見て・・・ 宮本百合子 「業者と美術家の覚醒を促す」
・・・ 昔、北原白秋が羊皮にサファイアやルビーをちりばめた豪華版の詩集を出す広告をしたことがあった。実現したかしなかったのか知らない。白秋のロマンティシズムに、九州柳川の日が照って、桐の花がちりかかっていたように、その頃の、きれいな本をつくり・・・ 宮本百合子 「豪華版」
・・・ ルネッサンスの表は、華麗豪華な厚肉浮彫の歴史であるが、その陰の部分には封建性が濃くのこっていた。例えばレオナルド・ダ・ヴィンチのモナ・リザはどういう笑いを今日にのこしているだろうか。モナ・リザの微笑は、それが描かれた時代から謎のほほ笑・・・ 宮本百合子 「女性の歴史」
・・・どんな仕掛けがあったろう。どんな豪華な衣裳があったろう?「D《デー》・E《エー》」には茶色の木の塀と、幾枚かの木の衝立があっただけだった。登場人物は白と黒との統一であった。「森」の舞台には、ひとすじの思い切って長く美しい線をもった木橋と、小・・・ 宮本百合子 「ソヴェトの芝居」
・・・特に、夕日が西に傾いて、その赤い光線が樹々の紅葉を照らす時の美しさは、豪華というか、華厳というか、実に大したものだと思った。しかしその年の紅葉がそういうふうに出来がよいということの見透しは、その間ぎわまではつかないのである。手紙で打ち合わせ・・・ 和辻哲郎 「京の四季」
出典:青空文庫