・・・それから、監察御史や起居舎人知制誥を経て、とんとん拍子に中書門下平章事になりましたが、讒を受けてあぶなく殺される所をやっと助かって、驩州へ流される事になりました。そこにかれこれ五六年もいましたろう。やがて、冤を雪ぐ事が出来たおかげでまた召還・・・ 芥川竜之介 「黄粱夢」
・・・ 薄黒い入道は目を留めて、その挙動を見るともなしに、此方の起居を知ったらしく、今、報謝をしようと嬰児を片手に、掌を差出したのを見も迎えないで、大儀らしく、かッたるそうに頭を下に垂れたまま、緩く二ツばかり頭を掉ったが、さも横柄に見えたので・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 裾を曳いて帳場に起居の女房の、婀娜にたおやかなのがそっくりで、半四郎茶屋と呼ばれた引手茶屋の、大尽は常客だったが、芸妓は小浜屋の姉妹が一の贔屓だったから、その祝宴にも真先に取持った。……当日は伺候の芸者大勢がいずれも売出しの白粉の銘、・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・本人も語らず、またかかる善根功徳、人が咎めるどころの沙汰ではない、もとより起居に念仏を唱える者さえある、船で題目を念ずるに仔細は無かろう。 されば今宵も例に依って、船の舳を乗返した。 腰を捻って、艪柄を取って、一ツおすと、岸を放れ、・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・……羽織は、まだしも、世の中一般に、頭に被るものと極った麦藁の、安値なのではあるが夏帽子を、居かわり立直る客が蹴散らし、踏挫ぎそうにする…… また幕間で、人の起居は忙しくなるし、あいにく通筋の板敷に席を取ったのだから堪らない。膝の上にの・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・こういう時の男の起居挙動は、漫画でないと、容易にその範容が見当らない。小県は一つ一つ絵馬を視ていた。薙刀の、それからはじめて。―― 一度横目を流したが、その時は、投げた単衣の後褄を、かなぐり取った花野の帯の輪で守護して、その秋草の、幻に・・・ 泉鏡花 「神鷺之巻」
・・・と口も気もともに軽い、が、起居が石臼を引摺るように、どしどしする。――ああ、無理はない、脚気がある。夜あかしはしても、朝湯には行けないのである。「可厭ですことねえ。」 と、婀娜な目で、襖際から覗くように、友染の裾を曳いた櫛巻の立姿。・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・ 料理店の、あの亭主は、心優いもので、起居にいたわりつ、慰めつ、で、これも注意はしたらしいが、深更のしかも夏の夜の戸鎖浅ければ、伊達巻の跣足で忍んで出る隙は多かった。 生命の惜からぬ身には、操るまでの造作も要らぬ。小さな通船は、胸の・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・ 勿論、電燈の前、瓦斯の背後のも、寝る前の起居が忙しい。 分けても、真白な油紙の上へ、見た目も寒い、千六本を心太のように引散らして、ずぶ濡の露が、途切れ途切れにぽたぽたと足を打って、溝縁に凍りついた大根剥の忰が、今度は堪らなそうに、・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ 直に小春が、客の意を得て、例の卓上電話で、二人の膳を帳場に通すと、今度註文をうけに出たのは、以前の、歯を染めた寂しい婦で、しょんぼりと起居をするのが、何だか、産女鳥のように見えたほど、――時間はさまでにもなかったが、わけてこの座敷は陰・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
出典:青空文庫