・・・するとあんまり一生懸命になるもんだから足許が変に便りなくなって来る。ふらふらっとして実際崖から落っこちそうな気持になる。はっは。それくらいになると僕はもう半分夢を見ているような気持です。すると変なことには、そんなとき僕の耳には崖路を歩いて来・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・たちまち林が尽きて君の前に見わたしの広い野が開ける。足元からすこしだらだら下がりになり萱が一面に生え、尾花の末が日に光っている、萱原の先きが畑で、畑の先に背の低い林が一叢繁り、その林の上に遠い杉の小杜が見え、地平線の上に淡々しい雲が集まって・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・ 下って行く途中、ひょいと、二人の足下から、大きな兎がとび出した。二人は思わず、銃を持ち直して発射した。兎は、ものゝ七間とは行かないうちに、射止められてしまった。 二人の弾丸は、殆んど同時に、命中したものらしかった。可憐な愛嬌ものは・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・の安心で、大戸の中の潜り戸とおぼしいところを女に従って、ただ只管に足許を気にしながら入った。女は一寸復締りをした。少し許りの土間を過ぎて、今宵の不思議な運を持来らした下駄と別れて上へあがった。女は何時の間に笠を何処へ置いたろう、これに気付い・・・ 幸田露伴 「雪たたき」
・・・ よろよろした足許で、復た二人は舞うように出て行った。高瀬は屋外まで洋燈を持出して、暗い道を照らして見せたが、やがて家の中へ入って見ると、余計にシーンとした夜の寂寥が残った。 何となく荒れて行くような屋根の下で、その晩遅く高瀬は枕に・・・ 島崎藤村 「岩石の間」
・・・自分は足元の松葉をかき寄せて投げつける。鮒子は響のごとくに沈んで、争い乱れて味噌汁へ逃げこんでしまう。 藤さんが笑う。 手飼の白鳩が五六羽、離れの屋根のあたりから羽音を立てて芝生へ下りる。「あの鴎は綺麗な鳥ですね」と藤さんがいう・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・口には云わず心配の多い母、自然の足許に、此も無言の裡に悩む一人の娘が、いつまでも立っていました。 彼女を結婚させなければならないと云うことは、スバーの両親にとって、一方ならない苦労でした。近所の人達は、親の責任を果さないと云って、悪く云・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・坊やは、来年は四つになるのですが、栄養不足のせいか、または夫の酒毒のせいか、病毒のせいか、よその二つの子供よりも小さいくらいで、歩く足許さえおぼつかなく、言葉もウマウマとか、イヤイヤとかを言えるくらいが関の山で、脳が悪いのではないかとも思わ・・・ 太宰治 「ヴィヨンの妻」
・・・ 軽井沢から沓掛へ乗った一人の労働者が、ひどく泥酔して足元があぶないのに、客車の入り口の所に立ってわめいている。満州国がどうして日本帝国がどうかしたといったような事を言って相手を捜している。客車の中から一人洋服を着た若い学校の先生らしい・・・ 寺田寅彦 「軽井沢」
・・・しかし犬はもうけろりとして、女中さんの足許に脚をなげだして、ものうさそうにそっぽむいているのであった。「犬が怖かったもんですから」 そういうと、女中さんが、「お前が逃げるからだよ、逃げなきゃ跳びつきなんかしやしない、ねえクマ、そ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
出典:青空文庫