・・・が、靴足袋をはいているにもせよ、この脚で日本間を歩かせられるのはとうてい俺には不可能である。……「九月×日 俺は今日道具屋にダブル・ベッドを売り払った。このベッドを買ったのはある亜米利加人のオオクションである。俺はあのオオクションへ行っ・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ お絹はやはり横坐りのまま、器用に泥だらけの白足袋を脱いだ。洋一はその足袋を見ると、丸髷に結った姉の身のまわりに、まだ往来の雨のしぶきが、感ぜられるような心もちがした。「やっぱりお肚が痛むんでねえ。――熱もまだ九度からあるんだとさ。・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・と、いってすッと立つ、汽車の中からそのままの下じめがゆるんだか、絹足袋の先へ長襦袢、右の褄がぞろりと落ちた。「お手水。」「いいえ、寝るの。」「はッ。」と、いうと、腰を上げざまに襖を一枚、直ぐに縁側へ辷って出ると、呼吸を凝して二人・・・ 泉鏡花 「伊勢之巻」
・・・……淡い膏も、白粉も、娘の匂いそのままで、膚ざわりのただ粗い、岩に脱いだ白足袋の裡に潜って、熟と覗いていたでしゅが。一波上るわ、足許へ。あれと裳を、脛がよれる、裳が揚る、紅い帆が、白百合の船にはらんで、青々と引く波に走るのを見ては、何とも、・・・ 泉鏡花 「貝の穴に河童の居る事」
・・・僕はズボン下に足袋裸足麦藁帽という出で立ち、民子は手指を佩いて股引も佩いてゆけと母が云うと、手指ばかり佩いて股引佩くのにぐずぐずしている。民子は僕のところへきて、股引佩かないでもよい様にお母さんにそう云ってくれと云う。僕は民さんがそう云いな・・・ 伊藤左千夫 「野菊の墓」
・・・「なんでも手足がなおれば、足袋なり手袋なりこしらえて上げるんだそうよ、ねい省さん」「さっきの爺さんはたいへん御利益があるっていったねい」 三人は罪のない話をしながらいつか蛇王権現の前へくる。それでも三人はすこぶる真面目に祈願をこ・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・ また、村で、感冒が流行した時分にも、貧乏人の子供は、足袋も穿かず、木枯しの吹く中を薄着をして、少しも寒がらずに元気よく遊んでいた姿を見るにつけて、「苛められる者は、強い!」と、いう言葉を思い出しました。 過去に於て、この言葉は、真・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
一 子供のときから何かといえば跣足になりたがった。冬でも足袋をはかず、夏はむろん、洗濯などするときは決っていそいそと下駄をぬいだ。共同水道場の漆喰の上を跣足のままペタペタと踏んで、ああええ気持やわ。それが年ごろになっても止まぬの・・・ 織田作之助 「雨」
・・・それを大阪の伝統だとはっきり断言することは敢てしないけれど、例えば日本橋筋四丁目の五会という古物露天店の集団で足袋のコハゼの片一方だけを売っているのを見ると、何かしら大阪の哀れな故郷を感ずるのである。 東京にいた頃、私はしきりに法善・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ 私はこう言って羽織と足袋を脱ぎ、袴をつけて、杉の樹間の暗い高い石段を下り、そこから隣り合っている老師のお寺の石段を、慄える膝頭を踏ん張り、合掌の姿勢で登って行ったのであった。春以来二三度独参したことがあるがいつも頭からひやかされるので・・・ 葛西善蔵 「父の出郷」
出典:青空文庫