・・・われらの過去は存在せざる過去の如くに、未来のために蹂躙せられつつある。われらは歴史を有せざる成り上りものの如くに、ただ前へ前へと押されて行く。財力、脳力、体力、道徳力、の非常に懸け隔たった国民が、鼻と鼻とを突き合せた時、低い方は急に自己の過・・・ 夏目漱石 「マードック先生の『日本歴史』」
・・・しかも個人主義なるものを蹂躙しなければ国家が亡びるような事を唱道するものも少なくはありません。けれどもそんな馬鹿気たはずはけっしてありようがないのです。事実私共は国家主義でもあり、世界主義でもあり、同時にまた個人主義でもあるのであります。・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・薬を飲ませて裸にしといちゃ差引零じゃないか、卵を食べさせて男に蹂躙されりゃ、差引欠損になるじゃないか。そんな理窟に合わん法があるもんかい」「それがどうにもならないんだ。病気なのはあの女ばかりじゃないんだ。皆が病気なんだ。そして皆が搾られ・・・ 葉山嘉樹 「淫賣婦」
・・・ 一切を蹂躙して! ブルジョアジーの巨人! 私は、面会の帰りに、叩きの廊下に坐り込んだ。 ――典獄に会わせろ。 誰が何と言っても私は動かなかった。 ――宇都の宮じゃないが、吊天井の下に誰か潜り込む奴があるかい。お前たちは・・・ 葉山嘉樹 「牢獄の半日」
・・・ドイツの知識人たちは、ナチスの運動がその背後にどんな大きいドイツの軍国主義者と資本家の大群をひかえているかということを洞察せず、馬鹿にしていたために、祖国とその文化とをナチスに蹂躙されつくした。 一九二〇年代のドイツは、左翼が活躍し、ド・・・ 宮本百合子 「明日の知性」
・・・その小説の主人公の若く美しい妻は、自主的に解放されているというよりも、夫となっている主人公に、はじめ、冷たく蹂躪させた露通な性を、物にかえている。夫の苦痛はそこからはじまっている。未開なバリ島の性の祭典には、けがされない性の陶酔があり、主人・・・ 宮本百合子 「傷だらけの足」
・・・ドイツに蹂躙されたときいたときそれはみな新しい思い出となってキュリー夫人の胸に甦って来たであろう。ドイツ軍に掃蕩されようとしているポーランドにはまだその外の思い出もつながれている。「マドモアゼル・マリア」が、その射すくめるようなしかも深い優・・・ 宮本百合子 「キュリー夫人」
・・・加盟団体あわせて一千万人の組織員をもつ民主主義擁護同盟は、組織の大きさだけの活力を発揮しにくい事情におかれていたが、それでも各地におこっている人権蹂躙の問題に具体的に働いた。 同氏が、「平和を守る会」に参加しないことや「知識人の会」に関・・・ 宮本百合子 「五月のことば」
・・・―― 一九一七年から一八――一九年と革命のパルチザンに参加し立派に村を白軍の蹂躙から守った五十歳の貧農ピョートルが村ソヴェトの議長に選ばれたとする。 議長席に坐る。鈴を振る。タワーリシチ! と演説する。――みんな出来るが、いざ、さあ・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェト同盟の文化的飛躍」
・・・これまで日本の民衆はさまざまの奇妙独善的な人権蹂躙的な誓いをたてさせられてきた。こんにち民衆が自分の未来のためにもっている誓いはただ一つしかない。それは欺瞞のない日本の民主化と自主自立の民族生活をもつことである。新しい五人の放送委員はあらた・・・ 宮本百合子 「今日の日本の文化問題」
出典:青空文庫