・・・ 言い捨てて勘定も払わず蹌踉と屋台から出て行きます。さすが、抜け目ない柳田も、頭をかいて苦笑し、「酒乱にはかなわねえ。腕力も強そうだしさ。仕末が悪いよ。とにかく、伊藤。先生のあとを追って行って、あやまって来てくれ。僕もこんどの君の恋・・・ 太宰治 「女類」
・・・(会釈(蹌踉僕も行く。だめ、だめ。あなたはもう、どだい、歩けやしませんよ。さ、行こう。奥田教師、学童二名と共に舞台下手に走り去る。(夢遊病者の如くほとんど無表情で歩き、縁側から足袋僕も行く。野中教・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・国民学校教師、野中弥一、酔歩蹣跚の姿で、下手より、庭へ登場。右手に一升瓶、すでに半分飲んで、残りの半分を持参という形。左手には、大きい平目二まい縄でくくってぶらさげている。 奥田せんせい。やあ、いるいる。おう、菊代さんもいる・・・ 太宰治 「春の枯葉」
・・・円タクで白山坂上にさしかかると、六十恰好の巌丈な仕事師上がりらしい爺さんが、浴衣がけで車の前を蹣跚として歩いて行く。丁度安全地帯の脇の狭い処で、車をかわす余地がない。警笛を鳴らしても爺さんは知らぬ顔で一向によける意志はないようである。安全地・・・ 寺田寅彦 「KからQまで」
・・・品行が方正でないというだけなら、まだしもだが、大に駄々羅遊びをして、二尺に余る料理屋のつけを懐中に呑んで、蹣跚として登校されるようでは、教場内の令名に関わるのは無論であります。だからいかな長所があっても、この長所を傷ける短所があって、この短・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・僕の五官は疫病にでも取付かれたように、あの女子のために蹣跚いてただ一つの的を狙っていた。この的この成就は暗の中に電光の閃くような光と薫とを持っているように、僕には思われたのだ。君はそれを傍から見て後で僕に打明てこう云った。あいつの疲れたよう・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・父は周章てて包みを高くさし上げ体を避けようとする拍子に、ぎごちなく蹣跚いた。その身のこなしがいかにも臆病な老人らしく、佐和子は悲しかった。彼女は急いで、「ポチ! ポチ!」と出鱈目の名を呼び立てた。ポチは、砂を蹴って父の傍から離れると・・・ 宮本百合子 「海浜一日」
・・・なかに蹌踉とした足どりの幾組かもあって、バンザーイ、バンザーイといいながら、若い女のひとの顔の前へいきなりひょいと円い赤い行列提灯をつきつけたりしていた。いつよばれるかを知れないような連中なんだね、ああやっているの。と、その様子を眺めながら・・・ 宮本百合子 「祭日ならざる日々」
・・・秋三は蹌踉めいた。が、背面の藁戸を掴んで踏み停ると、「何さらす。」と叫んで振り返った。 再び勘次は横さまに拳を振った。秋三は飛びかかった。と忽ち二人は襟を握って、無数の釘を打ち込むように打ち合った。ばたりと止めて組み合った。母親達は・・・ 横光利一 「南北」
出典:青空文庫