・・・、金銭を弄び下等の淫楽に耽るの外、被服頭髪の流行等極めて浅薄なる娯楽に目も又足らざるの観あるは、誠に嘆しき次第である、それに換うるにこれを以てせば、いかばかり家庭の品位を高め趣味的の娯楽が深からんに、躁狂卑俗蕩々として風を為せる、徒に華族と・・・ 伊藤左千夫 「茶の湯の手帳」
・・・陽気な声を無理に圧迫して陰欝にしたのがこの遠吠である。躁狂な響を権柄ずくで沈痛ならしめているのがこの遠吠である。自由でない。圧制されてやむをえずに出す声であるところが本来の陰欝、天然の沈痛よりも一層厭である、聞き苦しい。余は夜着の中に耳の根・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・しかし不遠慮に言えば、百物語の催主が気違染みた人物であったなら、どっちかと云えば、必ず躁狂に近い間違方だろうとだけは思っていた。今実際にみたような沈鬱な人物であろうとは、決して思っていなかった。この時よりずっと後になって、僕はゴリキイのフォ・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫