・・・おい車屋、真砂町まで行くのだ。」「お目出とう御座います。先生は御出掛けになりましたか。」「ハイ唯今出た所で、まア御上りなさいまし。」「イヤ今日は急いでいるから上りません。」「あなたもうそんなにお宜しいので御座いますか。この前お目にかかっ・・・ 正岡子規 「初夢」
・・・「よくないなと思うと頭へ体中の血がのぼる様になった。車屋へお金をはらおうと思うと銅貨が一つ足りなかった。 柱のベルをはげしくならすと、「お帰りなさった。と云う声が聞えると女達は私のわきに泣きころげた。・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・ 祖父の家には、荷馬車屋、韃靼人の従卒、軍人と、お喋りで陽気なその細君などが間借りしていて、中庭では年じゅう叫ぶ声、笑う声、駈ける足音が絶えないのであったが、台所の隣りに、窓の二つついた細長い部屋があった。その部屋を借りているのは、痩せ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・荷馬車屋、韃靼人の従卒、軍人とジャム壺をもって歩いてふるまいながらおしゃべりをすることのすきな陽気なその細君などという下宿人の顔ぶれの中で、この「結構さん」は何という変な目立つ存在であったことか。 ゴーリキイはだんだんこの「結構さん」と・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」
出典:青空文庫