・・・ 殊にお掛屋の株を買って多年の心願の一端が協ってからは木剣、刺股、袖搦を玄関に飾って威儀堂々と構えて軒並の町家を下目に見ていた。世間並のお世辞上手な利口者なら町内の交際ぐらいは格別辛くも思わないはずだが、毎年の元旦に町名主の玄関で叩頭を・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
・・・そこは俗にいう瀬戸物町で、高麗橋通りに架った筋違橋のたもとから四ツ橋まで、西横堀川に添うた十五町ほどの間は、ほとんど軒並みに瀬戸物屋で、私の奉公した家は、平野町通りから二三軒南へはいった西側の、佃煮屋の隣りでした。 私は木綿の厚司に白い・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・が依然として、街頭のパンやライスカレーは姿を消さず、また、梅田新道の道の両側は殆んど軒並みに闇煙草屋である。 六月十九日の大阪のある新聞に次のような記事が出ていた。「大阪曾根崎署では十九日朝九時、約五十名の制服警官をくり出して梅・・・ 織田作之助 「大阪の憂鬱」
・・・三人も並んで歩けないほどの細い路地の両側は、殆んど軒並みに飲食店だ。「めをとぜんざい」はそれらの飲食店のなかで、最も有名である。道頓堀からの路地と、千日前――難波新地の路地の角に当る角店である。店の入口にガラス張りの陳列窓があり、そこに・・・ 織田作之助 「大阪発見」
・・・ その鳥居をくぐって、神社まで三町の道の両側は、軒並みに露店が並んでいた。 別製アイスクリーム、イチゴ水、レモン水、冷やし飴、冷やしコーヒ、氷西瓜、ビイドロのおはじき、花火、水中で花の咲く造花、水鉄砲、水で書く万年筆、何でもひっつく・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・から、土産物屋、洋品屋、飲食店など殆んど軒並みに皎々と明るかった。 その明りがあるから、蝋燭も電池も要らぬ。カフェ・ピリケンの前にひとり、易者が出ていた。今夜も出ていた。見台の横に番傘をしばりつけ、それで雪を避けている筈だが、黒いマント・・・ 織田作之助 「雪の夜」
・・・ 四五人、五六人という群れになって北山おろしの木枯らしに吹かれながら軒並みをたずねて玄関をおとずれ、口々にわざと妙な作り声をして「カイツットーセ」という言葉を繰り返す。「粥釣りをさせてください」という意味の方言なのである。すると家々では・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・市中の目ぼしい建物に片ッぱしから投げ込んであるくために必要な爆弾の数量や人手を考えてみたら、少なくも山の手の貧しい屋敷町の人々の軒並に破裂しでもするような過度の恐慌を惹き起さなくてもすむ事である。 尤も、非常な天災などの場合にそんな気楽・・・ 寺田寅彦 「流言蜚語」
・・・すべての軒並の商店や建築物は、美術的に変った風情で意匠され、かつ町全体としての集合美を構成していた。しかもそれは意識的にしたのでなく、偶然の結果からして、年代の錆がついて出来てるのだった。それは古雅で奥床しく、町の古い過去の歴史と、住民の長・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
・・・朝から殆ど軒並に流して来ていたのでもう見物は尠い。土産屋の柱のところに、子供を抱いた男が一人立っていた。あとは子供連だ。その子供連にしても今は仲間同士で遊びながら、何とはなし彼等の周囲にたかっているというだけであった。間に、田舎万歳の野卑な・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
出典:青空文庫