・・・私は軒先に立って面白い問答をききながら向いの雑貨店の店さきで小さい子供の母親の膝にもたれて何か云ってあまったれて居るのを自分もあまったれて居るような気になって望めて居る。帳場に坐って新聞をよんで居たはげ頭の主が格子の中から十二文ノコウ高はお・・・ 宮本百合子 「大きい足袋」
・・・丁度、燕が去年巣をかけた家の軒先を、又今年もついとくぐるような親しさで。 台から台へと廻って歩き、懐が許せば一箇の茶色紙包が、私の腕の下に抱え込まれるだろう。けれども、その楽しい収穫がいつもあるとは定っていない。三度に二度は、空手で出る・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ただ、どれが新しいとも分らない同じような破屋がその辺一帯に建てこみ、一軒の理髪店が、赤と藍との塗り分け棒を軒先に突き出している。当時の記憶は、なほ子にとって快いものではなかった。然し、そう数年のうちに全然忘れ切れる種類のものでもなかった。そ・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・ その時大きナ菓子屋の軒先にパッと百燭の電燈がともった。 中央電信局の建築場では、労働者と荷橇馬が出切った木戸を、つけ剣の銃を手にもった若い番兵がしめて居る。彼の頭の上につられて居る強力な電燈が凍った雪の上に、垂直に彼の影を、き・・・ 宮本百合子 「一九二七年八月より」
出典:青空文庫