・・・ただ冷やかな軽蔑と骨にも徹りそうな憎悪とである。神父は惘気にとられたなり、しばらくはただ唖のように瞬きをするばかりだった。「まことの天主、南蛮の如来とはそう云うものでございますか?」 女はいままでのつつましさにも似ず、止めを刺すよう・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・しかれども予の邂逅したる日本の一詩人のごときは死後の名声を軽蔑しいたり。 問 君はその詩人の姓名を知れりや? 答 予は不幸にも忘れたり。ただ彼の好んで作れる十七字詩の一章を記憶するのみ。 問 その詩は如何? 答「古池や蛙飛び・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・ 佐藤をはじめ彼れの軽蔑し切っている場内の小作者どもは、おめおめと小作料を搾取られ、商人に重い前借をしているにもかかわらず、とにかくさした屈托もしないで冬を迎えていた。相当の雪囲いの出来ないような小屋は一つもなかった。貧しいなりに集って・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・沢本 だから貴様は若様だなんて軽蔑されるんだ。そんなだらしのない空想が俺たちの芸術に取ってなんの足しになると思ってるんだ。俺たちは真実の世界に立脚して、根強い作品を創り出さなければならないんだ。だから……俺は残念ながら腹がからっぽ・・・ 有島武郎 「ドモ又の死」
・・・多くの人はそれを軽蔑している。軽蔑しないまでも殆ど無関心にエスケープしている。しかしいのちを愛する者はそれを軽蔑することが出来ない。B 待てよ。ああそうか。一分は六十秒なりの論法だね。A そうさ。一生に二度とは帰って来ないいのちの一・・・ 石川啄木 「一利己主義者と友人との対話」
・・・実際上の問題を軽蔑する事を近代の虚無的傾向であるというように速了している人はないか。有る――少くとも、我々をしてそういう風に疑わしめるような傾向が、現代の或る一隅に確に有ると私は思う。 三 性急な心は、目的を失・・・ 石川啄木 「性急な思想」
・・・いったい、あなたがたは病を軽蔑しておらるるから埒あかん。感情をとやかくいうのは姑息です。看護婦ちょっとお押え申せ」 いと厳かなる命のもとに五名の看護婦はバラバラと夫人を囲みて、その手と足とを押えんとせり。渠らは服従をもって責任とす。単に・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ のらくらしていては女にまで軽蔑される。恋も金も働きものでなくては得られない。一家にしても、その家に一人の不精ものがあれば、そのためにほとんど家庭の平和を破るのである。そのかわりに、一家手ぞろいで働くという時などには随分はげしき労働も見・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・敢て岡村を軽蔑して云った訳でもないが、岡村にそう聞取られるかと気づいて大いに気の毒になった。それで予は俄におとなしくなって跡からついてゆく。 内廊下を突抜け、外の縁側を右へ曲り、行止りから左へ三尺許りの渡板を渡って、庭の片隅な離れの座敷・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・お貞は、今に至るまでも、このことを言い出しては、軽蔑と悪口との種にしているが、この一、二年来不景気の店へ近ごろ最もしげしげ来るお客は青木であったから、陰で悪く言うものの、面と向っては、進まないながらも、十分のお世辞をふり撤いていた。 青・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
出典:青空文庫