・・・…… 主筆 ちょっともの足りない気もしますが、とにかく近来の傑作ですよ。ぜひそれを書いて下さい。 保吉 実はもう少しあるのですが。 主筆 おや、まだおしまいじゃないのですか? 保吉 ええ、そのうちに達雄は笑い出すのです。と思・・・ 芥川竜之介 「或恋愛小説」
・・・う事、それが二三年前から不義理な借金で、ほとんど首もまわらないと云う事――珍竹林主人はまだこのほかにも、いろいろ内幕の不品行を素っぱぬいて聞かせましたが、中でも私の心の上に一番不愉快な影を落したのは、近来はどこかの若い御新造が楢山夫人の腰巾・・・ 芥川竜之介 「開化の良人」
A兄 近来出遇わなかったひどい寒さもやわらぎはじめたので、兄の蟄伏期も長いことなく終わるだろう。しかし今年の冬はたんと健康を痛めないで結構だった。兄のような健康には、春の来るのがどのくらい祝福であるかをお察しする。・・・ 有島武郎 「片信」
・・・そうしてこれはしばしば後者の一つの属性のごとく取扱われてきたにかかわらず、近来(純粋自然主義が彼の観照の傾向は、ようやく両者の間の溝渠のついに越ゆべからざるを示している。この意味において、魚住氏の指摘はよくその時を得たものというべきである。・・・ 石川啄木 「時代閉塞の現状」
・・・奥州筋近来の凶作にこの寺も大破に及び、住持となりても食物乏しければ僧も不住、明寺となり、本尊だに何方へ取納めしにや寺には見えず、庭は草深く、誠に狐梟のすみかというも余あり。この寺中に又一ツの小堂あり。俗に甲冑堂という。堂の書附には故将堂とあ・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・隙はあるし、蕎麦屋でも、鮨屋でも気に向いたら一口、こんな懐中合も近来めったにない事だし、ぶらぶら歩いて来ましたところが、――ここの前さ、お前さん、」 と低いが壁天井に、目を上げつつ、「角海老に似ていましょう、時計台のあった頃の、……・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・ すべての色の取り合わせなり、それから、櫛なり簪なり、ともに其の人の使いこなしによって、それぞれの特色を発揮するものである。 近来は、穿き立ての白足袋が硬く見える女がある。女の足が硬く見えるようでは、其の女は到底美人ではない。白い足・・・ 泉鏡花 「白い下地」
・・・ そういえばYの衣服が近来著るしく贅沢になって来た。新裁下しのセルの単衣に大巾縮緬の兵児帯をグルグル巻きつけたこの頃のYの服装は玄関番の書生としては分に過ぎていた。奥さんから貰ったと自慢そうに見せた繍いつぶしの紙入も書生にくれる品じゃな・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 近来はアイコノクラストが到る処に跋扈しておるから、先輩たる坪内君に対して公然明言するものはあるまいが、内々では坪内君の文学は自分等とは交渉しないナドトいってるものもあるかも知れぬが、坪内君が新らしい文学の道を開いてくれなかったなら今日・・・ 内田魯庵 「明治の文学の開拓者」
・・・いよいよ済まぬ事をしたと、朝飯もソコソコに俥を飛ばして紹介者の淡嶋寒月を訪い、近来破天荒の大傑作であると口を極めて激賞して、この恐ろしい作者は如何なる人物かと訊いて、初めて幸田露伴というマダ青年の秀才の初めての試みであると解った。 翁は・・・ 内田魯庵 「露伴の出世咄」
出典:青空文庫