・・・形而上学者としてのニイチェ、倫理学者としてのニイチェ、文明批判家としてのニイチェには、僕として追跡することが出来なかつた。換言すれば、僕は権力主義者でもなく、英雄主義者でもなく、況んやツァラトストラの弟子でもない。僕は「心理学」と「文学」だ・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・けれどもそれだからと云って我輩のこの追跡には害にならない。もうこの足あとの終るところにあの途方もない爬虫の骨がころがってるんだ。我輩はその地点を記録する。もう一足だぞ。」大学士はいよいよ勢こんでその足跡をつけて行く。ところが間も・・・ 宮沢賢治 「楢ノ木大学士の野宿」
・・・今日、よみかえしてみて興味のある点は、この短篇が、死という自然現象を克明に追跡しながら、弟をめぐる人間関係が、同じ比重で追究されていないところである。これは、なぜだったのだろう。 生きる歓喜にむせぶような心もちの少女が、死の迫って来る力・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第一巻)」
・・・そういう点だの技術的な俗習、鈍感さは、自動車の追跡場面とともに、映画の持つ根深い常套の一つであると思われる。「夢みる唇」や「罪と罰」の中の恋愛的場面は、それをありきたりな形に現わして説明せず、その裏の感情から画面に現わして行って十分の効・・・ 宮本百合子 「映画の恋愛」
・・・今日過去の私小説を否定するものとして、社会的な客観小説が提唱されているが、この文学に従来の近代的扮装に身をかくした戯作者風な無批判な行動の追跡に代る真に大衆的と言われるべき内容を与えて行くこと一つでもプロレタリア文学の作品が求められている責・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・等にみられる通り、思想と行為の分裂やその二つのものの機械的な綯い合せの域を一歩進めて、生活全面の無目的な自転を、その文学の中に追跡している。その意味では、島木の文学の所謂健全性がその髄に飼っていてそこから蟻と蜚あぶらむしのような関係で液汁を・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
・・・この知識が偶然の功を奏して、当時富士見町の角屋敷に官職を辞していた老父のところへ、洋行がえりの同県人と称して来て五十円騙った男を追跡し、それをとりかえしたという逸話さえある。しかしながら、遽しく船出して見れば、境遇上故郷に走せる思いはおのず・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・の間に幾つかの恋愛を経験しながら最後はピエールの妻となって、だんだん鈍感になり、ふとり、次から次へと子供を持って歌いもせず考えもしない客間と子供部屋だけの存在となって行く過程を、トルストイは何と鮮かに追跡しているであろう。「アンナ・カレーニ・・・ 宮本百合子 「人間の結婚」
・・・単なる事件、人事関係、デカダンスの錯綜追跡の探偵もの風な興味が主題ではないのである。真面目な意図をもつ小説にどうにかして目新しさ、面白さの綾をつけようと、作者の努力をついに逸脱させるまで暗黙に刺戟しているものを、文学の大局から何と見るべきで・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
・・・より深き認識への感覚 より深き認識へわれわれの主観を追跡さす作物は、その追跡の深さに従ってまた濃厚な感覚を触発さす。それはわれわれの主観をして既知なる経験的認識から未知なる認識活動を誘導さすことによって触発された感覚である。・・・ 横光利一 「新感覚論」
出典:青空文庫