・・・「そこで、逃げ場をさがす気で、急いで戸口の方へ引返そうと致しますと、誰だか、皮匣の後から、しわがれた声で呼びとめました。何しろ、人はいないとばかり思っていた所でございますから、驚いたの驚かないのじゃございませぬ。見ると、人間とも海鼠とも・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・ 女や、子供や、老人の叫喚が、逃げ場を失った家畜の鳴声に混って、家が倒れ、板が火に焦げる刺戟的な音響や、何かの爆発する轟音などの間から聞えてくる。 見晴しのきく、いくらか高いところで、兵士は、焼け出されて逃げてくる百姓を待ち受けて射・・・ 黒島伝治 「パルチザン・ウォルコフ」
・・・という程度のところに引止められていて、生活のあらゆる重荷にひしがれながらせめてもの息のつきどころ、自分ひとりの金のかからない慰め、現実からの逃げ場所として和歌でもつくっているのであると思います。満州問題がおこって以来、婦人雑誌を読む女のひと・・・ 宮本百合子 「歌集『集団行進』に寄せて」
・・・が一九三〇年前後のソヴェト大衆から逃げ場のない批判をうけたのも、彼が新しいおもちゃとしかけた心理分析の興味とそれによる失敗のせいであった。 シーモノフは若い強壮な肉体と精神をもち、人生をたのしむ力も学ぶ力も大きい作家だと思われる。日本へ・・・ 宮本百合子 「政治と作家の現実」
・・・不明、然し、この下でバク発するかと思い、而も逃げ場もないときの心持はまともに味った。高崎、大宮以後十二時間の延着で、田端に夜の九時すぎつく。金沢からのり合わせた男、荷もつはあり、自動車はないと云うので、自分がカイ中電燈をもって居るのをだしに・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・真ギはわからないが、若し日本の社会主義者が本所深川のように、逃場もないところの細民を、あれほど多数殺し家をやき、結局、軍備の有難さを思わせるようなことをするとしたら、実に、愚の極、狂に近い。 鮮人の復讐観念が出たのなら、或程度までそれぞ・・・ 宮本百合子 「大正十二年九月一日よりの東京・横浜間大震火災についての記録」
・・・心配は直接本郷あたりが襲撃されることではなくて、思いがけず大規模の被害が生じたときその真中に安全な本郷、またはこの辺が、逃げ場のない袋の中に入ったことになるかもしれないことだ、という風に話された。 誰の話でも、本郷あたりは何かあっても最・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
出典:青空文庫